原発性進行性失語

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Primary progressive aphasia
分類および外部参照情報
診療科・
学術分野
神経学
OMIM 607485
MeSH D018888

原発性進行性失語(primary progressive aphasia、PPA)は失語症が緩徐に進行する神経変性疾患の一群である。

歴史[編集]

神経変性疾患における進行性失語は1892年Pickの報告にはじまるが、近年にいたるまでこの分野はあまり関心がもたれなかった。原発性進行性失語は「言語機能の障害のみが緩徐に進行する原発性脳萎縮」であり1982年のMesulamの報告にはじまる。彼は緩徐に進行する失語を呈しながら、長期にわたって知能低下が認められず、神経病理学的にはシルビウス裂周辺の萎縮を特徴とする6症例を提示し、全般性の認知障害を欠く緩徐進行性失語(slowly progressive aphasia without generalized dementia)という臨床概念を呈示した。この概念はその後、Mesulam自身により原発性進行性失語という呼び方に変更された。原発性進行性失語の特徴は次のように述べられる。まず言葉の想起、物品呼称、言語の理解の障害がゆっくりと始まり進行する。言語以外の日常生活は、発症後少なくとも2年間は保たれ、無為、抑制欠如、近時記憶障害、視空間認知機能障害、感覚障害、運動障害などは少なくとも2年間は認められない。しかしこの2年間でも失計算、観念運動失行、軽度の構成失行や保続を伴うことはある。なおMesulamは2年間という期間を設けたがこの2年間という期間に根拠はなく、のちの診断基準では記載されなくなった。

原発性進行性失語には3つの病型が知られている。非流暢失語様の病態(進行性非流暢性失語)、語義失語様の病態(意味性認知症)、伝導失語に似たロゴペニックタイプ(logopenic型原発性進行性失語)である。原発性進行性失語の各タイプは病理学的疾患概念と1対1の対応が明確ではない。しかし進行性非流暢性失語では病理診断では大脳皮質基底核変性症進行性核上性麻痺などのタウオパチーが多く、意味性認知症ではFTLD-TDPが多い。logopenic型原発性進行性失語ではアルツハイマー病が多い。

分類[編集]

進行性非流暢性失語(progressive non-fluent aphasia、PNFA)[編集]

進行性非流暢性失語は非流暢性失語を特徴とし、発語量の減少、失文法、復唱の障害、努力性発語、流涎、語想起に時間がかかるなど運動性失語の要素が目立つ。認知障害や行動異常は認められず、言葉がでにくくつかえる、名詞が言えなくなる、錯語、助詞を間違えるなどの症状が認められる。非流暢性な自発語で失文法、音韻性錯語、失名辞の少なくとも一つを伴う進行性の疾患である。病識は保たれており「うまく話せない」を主訴に受診することも多い。

意味性認知症(semantic dementia、SD)[編集]

意味性認知症の臨床像は特異的な言語症状をはじめとする意味記憶障害によって特徴付けられ、前頭側頭葉変性症に共通な精神症状を伴う。意味性認知症にみられる言語障害は日本では語義失語として知られていた。語句の理解と漢字の読み書きが障害されるが、復唱が保たれる特異な失語症である。語義の障害に加えて相貌、景観、物品の対象物の知識ないし、意味記憶が選択的かつ進行性に障害され次第に社会生活や日常生活に支障をきたす。

基本概念[編集]

意味記憶

意味記憶(semantic memory)とはTulvingがエピソード記憶と対比するかたちで取り上げた長期記憶の下位分類である。意味記憶とは「イス」、「平方根」といった普遍的で体系化された概念的知識に属する情報であり時間的空間的文脈を伴わずに想起される点に特徴がある。対するエピソード記憶とは、個人の生活のある特定の時間にある場所で生起した事象に関する知識であり、しかも体験したときの感覚や情動までも再現される。すなわちエピソード記憶は文脈構造を伴って想起される。Tulvingは当初は意味記憶は言語の使用に必要な記憶と位置づけ、「こころの辞典」と表現した。2014年現在では言語に限らず相貌や物品など様々な知覚対象物の同定にかかわる知識を運用するシステムとしてとらえられている。

語義失語

語義失語とは1943年に井村が名づけた臨床症候群である。復唱は良好であるが語の意味理解が障害され、古典論では超皮質性感覚失語に分類される失語型のひとつとされた。また書字では表音文字である仮名は保たれ、意味と関連性の高い漢字の読み書きに障害が現れる日本語特有の失語と考えられた。その後、語義失後は言語の音韻的側面や統語面が保たれる一方、語の意味的側面が重篤に障害される臨床像と理解されるようになった。語義失語の原因疾患はヘルペス脳炎や頭部外傷、低酸素脳症など様々であるが全例で左側頭葉優位に葉性萎縮をしている。1992年田邊らが19世紀末に記載した症例が語義失語に該当すると指摘した。

logopenic型原発性進行性失語[編集]

logopenic型原発性進行性失語はGorno-Tempiniらが2004年に原発性進行性失語の第3の亜型として提唱した臨床症候群である。中核症状は自発語および呼称における換語障害と文の復唱障害である。自発語は速度が遅く、喚語困難のためしばしばポーズがあるが明らかな失文法はない。単語理解も保たれている。以上から進行性非流暢性失語や意味性認知症とは区別される。左側頭頭頂接合領域、すなわち後部側頭葉、縁上回、角回における萎縮が認められる。

関連項目[編集]

参考文献[編集]