伊号第三百六十三潜水艦

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Japanese submarine I-363.jpg
回天を搭載した伊363(1945年5月または8月)
艦歴
計画 昭和18年度計画(改マル5計画
起工 1943年5月1日
進水 1943年12月12日
就役 1944年7月8日
その後 1945年10月29日触雷沈没
除籍 1945年11月10日
性能諸元
排水量 基準1,440t、常備1,779t
水中2,215t
全長 73.50m
全幅 8.90m
吃水 4.76m
機関 艦本式23号乙8型ディーゼル2基2軸
水上:1,850馬力
水中:1,200馬力
速力 水上:13.0kt
水中:6.5kt
航続距離 水上:10ktで5,000海里
水中:3ktで120海里
燃料 重油:282トン
乗員 55名
兵装 40口径14cm単装砲1門
25mm単装機銃2挺
53cm魚雷発射管 艦首2門、魚雷2本
備考 安全潜航深度:75m
物資搭載量:艦内65トン、艦外20トン[1]

伊号第三百六十三潜水艦(いごうだいさんびゃくろくじゅうさんせんすいかん)は、大日本帝国海軍潜水艦伊三百六十一型潜水艦の3番艦。回天攻撃隊に参加、戦後触雷で沈没。荒木艤装員長の要求で、特例として艦首魚雷発射管2門を装備。

艦歴[編集]

  • 1942年改マル5計画第5463号艦
  • 1943年5月1日 呉海軍工廠にて起工
    • 12月12日 進水
  • 1944年7月8日 竣工。横須賀鎮守府
    • 9月15日 第7潜水戦隊に編入
    • 10月9日 横須賀発、トラック、メレヨンへの輸送任務
    • 12月10日 横須賀発、南鳥島への輸送任務
  • 1945年3月5日 横須賀発、南鳥島へ2回目の輸送任務
    • 3月20日 横須賀着、回天搭載工事に着手
    • 5月28日 轟隊として光基地を出撃、沖縄南東5百海里に配備。輸送船1隻雷撃沈
    • 8月8日 多聞隊として出撃。パラオ北方5百海里の配備点に向かう途中、ソ連対日参戦日本海に配備変更
    • 8月14日 に帰港、そのまま終戦を迎える
    • 10月29日 呉から佐世保へ回航の途中、宮崎県沖で触雷沈没。艦長以下35名死亡、10名が救助される
      別に荒木浅吉談によれば、艦橋要員は脱出、海岸に泳ぎ着いたのは1名、艦長以下42名死亡、先任将校ら5名は別途交通艇回航中、潜航長は特命で陸路移動中とも
    • 11月10日 除籍

歴代艦長[編集]

※『艦長たちの軍艦史』444頁による。

艤装員長[編集]

  1. 荒木浅吉 大尉:1944年6月5日 -

艦長[編集]

  1. 荒木浅吉 大尉:1944年7月8日 -
  2. 木原栄 大尉:1944年12月1日 -

脚注[編集]

  1. ^ 数値は『写真 日本の軍艦』の解説より。『艦長たちの軍艦史』によると伊361型の搭載量は艦内65トン、艦外40トンで合計105トン

参考文献[編集]

関連項目[編集]