モルディブ人民党

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 モルディブの政党
モルディブ人民党

ދިވެހި ރައްޔިތުންގެ ޕާޓީ
党首 モハメド・“コロネル”・ナシード
創立 2005年7月21日
本部所在地 マレ
政治的思想 保守主義
Liberal conservatism
政治的立場 中道右派
公式サイト
www.drp.mv
モルディブの政治
モルディブの政党一覧
モルディブの選挙

モルディブ人民党(モルディブ人民党、Dhivehi Rayyithunge Party)は、モルディブ政党2014年6月現在は、国民議会に議席を有していない。略称は「DRP」。現在の党首はモハメド・“コロネル”・ナシード(もちろん、大統領経験を持つモハメド・ナシードとは別人)。

概要[編集]

2005年当時の大統領であるマウムーン・アブドル・ガユームが、多党制への移行に備えて創設した政党である。2008年大統領選挙にもDRP候補としてガユームが臨んでいる。第1ラウンドではガユームが1位通過したが、第2ラウンドでは、第1ラウンド2位のモルディブ民主党(MDP)候補モハメド・ナシードを敗退した有力候補たちが支持したため、逆転で敗北を喫した。

2009年の国民議会選挙では、DRPは野党ながら議会第1党の地位を獲得している。しかし、ガユーム後任としてDRP党首となったアハメド・タスミーン・アリ英語版がガユームの影響力を嫌い、両者で激しい党内闘争が展開されることになった[1]。権威の回復を図るガユームは2011年9月にDRPを離党し[1]、新党モルディブ進歩党(PPM)を結成した[2]

2012年2月にナシードが軍・警察の事実上のクーデターにより大統領を辞任、後任に副大統領のモハメド・ワヒード・ハサンが昇格すると、タスミーン率いるDRPはワヒードを支持して連立与党となる。2013年大統領選挙でもワヒードを大統領候補として支持し、タスミーンが副大統領候補となった。しかしワヒードとタスミーンは有権者の支持を得られず、第1ラウンドで得票率僅か5.13%、最下位という惨敗を喫した。第2ラウンドでのDRPは、第1ラウンド1位だったMDPのナシード支持を表明したものの、ナシードはPPMのアブドラ・ヤーミンの前に敗れている。同年11月、惨敗の責任をとって党首を辞任したタスミーンは離党し、MDPに加入した[3]

後任のDRP党首にはモハメド・“コロネル”・ナシードが就任したものの、DRPにはもはや有力政治家がほとんどいなくなってしまい、モルディブ政界での影響力も激減した。翌2014年の国民議会選挙では野党MDPと同盟しているが、全85選挙区のうち僅か6選挙区でしか立候補できず[4]、議席獲得もならなかった[5]

[編集]

  1. ^ a b Gayoom resigns from DRP Archived 2014年7月14日, at the Wayback Machine.Miadhu News、2011年9月5日(2014年6月23日閲覧)
  2. ^ Gayoom applies for license to create new partyHaveeru Daily、2011年9月6日(2014年6月23日閲覧)
  3. ^ 「2013年11~12月主な動き」在スリランカ日本国大使館ホームページ(2014年6月24日閲覧)
  4. ^ People’s Majlis elections 2014MINIVIAN NEWS、2014年3月22日(2014年7月4日閲覧)
  5. ^ Last Election Maldives Majlis (People's Majlis)列国議会同盟(IPU)ホームページ(2014年6月23日閲覧)