ハイパーソニック・エフェクト

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ハイパーソニック・エフェクト: Hypersonic effect)は、可聴域を超える周波数成分を持った音が、ヒトの生理活動に影響を及ぼすとする現象、学説。

ヒトの聴覚能力はおよそ20kHzが上限とされ、それ以上の周波数を持つ音波は人間にとって聴こえないため音とみなされてこなかった。しかし近年では脳機能イメージングといった客観的手法により、超音波を含む音の全身(聴覚と身体)での聴取が、生理活動、主に脳活動で快さを示す反応をもたらすことが報告されている。

この現象は大橋力(音楽家山城祥二としても知られる)らによる先駆的研究で知られ、ハイパーソニック・エフェクトと名付けられた。未解明点の多い現象ではあるが、米国生理学会英語版の学術誌Journal of Neurophysiology英語版のウェブサイトでは長年閲覧上位にランクされるなど高い関心を集めている[1]

特徴[編集]

生理活動への影響
ポジトロン断層法による脳機能イメージングでは、中脳などの基幹脳や、前帯状回などの報酬系での活動上昇が観測される。脳波図ではアルファ波の上昇(リラックス状態)が観測される。体液中の免疫・ストレス指標では、ナチュラルキラー細胞の活性化とアドレナリンの減少が観測される。
官能評価への影響
音楽的な官能評価が一部で好ましくなる。また被験者はより大きな音量が心地良く最適と感じる。
時間的な特性
脳活動の変化は100秒程度の残効を伴って観測される。これは報酬系におけるセカンドメッセンジャー機構や拡散による遅延効果と考えられている。
周波数成分の条件
可聴域+超高周波による聴取で効果が現れ、可聴域のみや超高周波のみでは効果が現れない。定常的なノイズによる超高周波の追加では効果が現れにくい。
聴取方法の条件
スピーカー聴取で効果が現れる。イヤホン聴取では効果が現れない。イヤホン(可聴域)+スピーカー(超高周波)による聴取で効果が現れる。身体の遮音によって効果が減少する。

また、大橋らによる実験では、可聴音のみの聴取が暗騒音(日常的なレベルでの無音)より脳活動を減少させる現象も観測された。都市の環境音に超高周波がほとんど含まれないこと、後述されるような熱帯雨林などの自然環境音に超高周波が多く含まれることから、大橋らは都市生活や音メディアといった人工的な音環境がヒトの心身に現代病といった形で影響を及ぼす可能性も指摘する。都市工学的なアプローチでの研究も行われ、国立精神・神経医療研究センターでは医療応用の研究も行われている。

未解明点と仮説[編集]

この現象は査読論文として発表され、現象としては統計的有意を示し、他グループからも類似の報告がある[2][3][4]。しかし作用機序については現代の常識では説明しきれていない。特に、ヒトの可聴域を超える超高周波の受容メカニズムについては不明である。

大橋らグループでは以下のような仮説を立てた。

超高周波の受容メカニズムについて
前述の実験結果のように、イヤホンで効果が現れず、スピーカーでも身体の遮音で効果が減少することから、体表面で何らかの受容がされている可能性を示した。受容経路の候補としては、骨伝導体性感覚が仮に挙げられている。骨伝導では超音波が知覚されることが研究途上であるが知られている(骨伝導#骨導超音波)。
可聴音と超高周波の同時受容でのみ効果が現れるメカニズムについて
模式的なモデルとして、可聴音情報によって超高周波情報のゲートが開放される「二次元知覚モデル」[注釈 1]、および生物の遺伝子に組み込まれた本来環境(適応投資の少ない環境)の認知による低ストレス・高報酬状態を説明する「本来−適応モデル」を示した。

NHK放送技術研究所による2009年の実験[5][6]では、音楽中の超高周波の有無が主観弁別される可能性も示唆された。しかしながら、こうした複数の周波数を含む超高周波知覚の実験については、音響機器・空気・人体での非線形歪による可聴域への影響の可能性も指摘されている[7]。NHK技研の実験は機器での非線形歪に特に配慮したものであり、短時間聴取で主観弁別がなかったことから、非線形歪の影響には否定的な見解も示されているが、受容経路にまでは結論は出ていない。

また、前述のように大橋らの実験では、可聴音が脳活動を減少させる現象も観測されたが、過去の知見においては、音楽とアルファ波、リラックス状態の関係は個人の好みや聴取状況などの精神状態に影響を受けると考えられており、可聴音のみの音楽鑑賞といった行為が必ずしもアルファ波やリラックス状態を減少させるとは考えられていない。しかしながら、この指摘は音環境に対する提言としては示唆を含み、聴覚芸術やオーディオが社会にもたらす役割についても議論を投げかけた[1]

人間文化との関わり[編集]

ガムランは集団で演奏されることでより多くの超高周波を生み出す[8]
日本の琵琶は「さわり」と呼ばれる振動音を生む構造を備える

以下のような楽器がハイパーソニック・エフェクトを強く発現させる代表例に挙げられる。

いずれも可聴域外の音成分を多く含み、かつ豊かな時間的変化構造を持つ。ピアノやフルートといった西洋楽器はこうした特徴とは逆に、音を遠くまで聴かせるためにエネルギーを基音近くに集中させ、可聴域内に収まった整った音に進歩してきたとされる。

またバリ島の祭礼で使われる獅子舞に似たバロンの演者は、至近距離で鈴や獅子頭の噛み合わせ音(ハイパーソニック・サウンド)を裸の体に浴びることで、他の参加者に率先してトランス状態に入っていくという[9]。こうした楽器と演者の関係や、社会的な音楽利用といった人類学的なアプローチでもハイパーソニック・エフェクトは考察の対象になっている。

市街地でのアメニティに対する試みとしては、文部科学省の産学官連携イノベーション創出事業「脳にやさしい街づくりのための超高密度メディア技術の研究開発」の一環で、2005年に滋賀県彦根市四番町スクエアに世界初のハイパーソニック・サウンドによるサウンドスケープが設置された。

芸術的観点からオーディオ鑑賞でハイパーソニック・エフェクトを享受しようとする試みもある。44kHzのサンプリング周波数を持つCD-DA規格では、理論的にはナイキスト周波数の22kHzまでしか再生できないが、このCD-DAとレコードの転換期における違和感がハイパーソニック・エフェクトの研究の発端となった。Super Audio CD(SACD)やDVDオーディオなどのハイレゾリューションオーディオ規格であれば、100kHz近くまたはそれ以上の音を再生することができる。ただし、2006年での日本機械工業連合会とデジタルコンテンツ協会の共同調査研究では、民生用SACDプレイヤーの多くでは50kHz以上での帯域制限の特性がみられ、民生用スーパーツイーターでは技術仕様に100kHzまでと書かれていてもフラット特性で実測再生できるものは稀であったという報告がある。

メディア報道においては、超高周波を聴くと頭が良くなるといった拡大解釈が行われることもある[10]。ノンフィクション作家の川端裕人はこうした研究報道の難しさに言及し、研究途上であるハイパーソニック・エフェクトが、健康に対する万能論や、行き過ぎた自然回帰志向として解釈されないよう注意すべきだろうとしている。

注釈[編集]

  1. ^ 知覚量変化をゲートで模式化した古典的学説としては、痛みの感じやすさが他の刺激によって抑制されるとするゲートコントロールセオリーがある。

脚注[編集]

  1. ^ a b 日本機械工業連合会, デジタルコンテンツ協会, 2006年
  2. ^ 山崎憲, 他 (2008), 渓流の音に含まれる超音波が人間の生理に与える影響について, 日本音響学会誌, 64(9), pp. 545-550.
  3. ^ 井上貴雄 (2010), 泣き声によって惹起される母乳分泌の神経科学的基盤, 山口大学.
  4. ^ Kuribayashi, R., et al. (2014), High-resolution music with inaudible high-frequency components produces a lagged effect on human electroencephalographic activities, NeuroReport, 25(9), pp. 657–661.
  5. ^ Toshiyuki Nishiguchi, et al. (2009), Perceptual discrimination of very high frequency components in wide frequency range musical sound, Applied Acoustics, Vol.70, No.7, pp.921-934.
  6. ^ 西口敏行 (2009), ハイレゾリューションオーディオの研究, 電気通信大学.
  7. ^ 蘆原郁 (1999), ヒトの可聴周波数上限について, 通商産業省工業技術院電子技術総合研究所ウェブページ. (インターネットアーカイブ)
  8. ^ 河合徳枝 (2013), 音楽・情報・脳 ('13), テレビ放送教材, 第11回, 放送大学.
  9. ^ 生命誌ジャーナル, 2006年
  10. ^ 川端 (2014年, 第7回)

参考文献[編集]