ノート:長屋王

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はじめまして。 進止軌制と申します。 さて、さっそくですが、

血縁欄に書かれている

   * 妃:石川夫人

につきまして、疑問を感じます。 この時代「夫人(ぶにん)」は天皇のきさきの名称のひとつで、天皇のきさき以外には使えないはずだと思います。 現在イトーヨーカドー奈良店が立てられている所で出土した木簡には、たしかに「石川夫人」と書かれたものが存在するそうですが、これは724年ごろ亡くなった天武天皇のきさきのことではないでしょうか。

※ 厳密にいいますと、このころの天皇のきさきは皇后、妃(ひ)、夫人(ぶにん)、嬪(ひん)があり、長屋王の妻として「妃」の字を使うことも、適切ではないかもしれません……。

現在イトーヨーカドー奈良店が立てられている所で出土した木簡には、石川大刀自(いしかわのおおとじ)の名が記されたものがあり、長屋王の妻と考えても良さそうですから、

石川夫人は、石川大刀自と変更することを提案します。 よろしく、ご検討ください。 --進止軌制 2008年6月20日 (金) 01:43 (UTC)[返信]

確かに木簡の「石川夫人」は、進止軌制さんのおっしゃる理由で、天武天皇夫人の石川朝臣大蕤比売ではないかという説もあり、説得力があると思います。しかし、長屋王の妻妾で、桑田王の生母のことだという説もあり、どちらかというと後者の方が優勢のように思いますが、どうでしょう。
また、夫人(ぶにん)と大刀自は同じ意味なので、木簡に記された「石川夫人」と「石川大刀自」は同一人物と見ることで争いはないように思います。
そうすると、進止軌制さんの変更案ではその意図が反映されないですし、むしろ上掲の説とその根拠を記事の中で説明したほうが良いと思います。ただ、現在の記事の構成では、ちょっとやりづらい感があります。構成の見直しも必要かもしれません。--oxhop 2008年6月26日 (木) 13:50 (UTC)[返信]

分割提案[編集]

初めまして。「壁掛成蛸は三考する葦である」と申します。 さて、「長屋王の変」ですが、事件自体が日本史上必修の項目になっており、また平成のはじめに邸宅跡出土があり、今後の研究で発展の可能性のある項目と思います。そこで、分割提案をしてみました。 よろしくご検討のほど、お願い致します。--壁掛成蛸は三考する葦である会話2021年3月16日 (火) 22:39 (UTC)[返信]

分割したあとどのように体裁を整え、どのような方向で記事を拡充していくか合わせて提案お願いします。ちなみに、現在の当項目の長屋王の変セクションを切り取って「長屋王の変」項目へ移し、当項目に「詳細は長屋王の変項目を参照」のみを残すような単純な分割であれば、当項目がスカスカになるため反対します。あらたに、「長屋王の変」項目を新規立項し、長屋王自身以外の要素も含めて幅広い観点で執筆されるのであれば反対しません。Snap55会話2021年3月17日 (水) 15:27 (UTC)[返信]
  • 上述のように、日本史上の大事件であり、皇位継承を考える上でも重大な項目であるので、分けて記事を作った方がいいと思いました。現状では長屋王個人の事績と、長屋王事件の原因・経過・影響がまぜこぜになっているような感があります。具体的な分割方法としては、「長屋王」より「長屋王の変」の項目を切り取り、長屋王の最後についてはもう少し簡潔に、たとえば「漆部君足・中臣宮処東人らの誣告により、国家を傾けようとしたとの嫌疑をかけられ、天皇の六衛府の兵で邸宅を囲まれた上で、訊問を受け、その翌日、妻の吉備内親王らとともに自経した。その後、藤原四兄弟により、光明皇后の立后が実現した」位に留めておき、その上で、「長屋王の変」の方で、事件の背景・経過・その後のような形で詳述してゆけるようにできたら、と考えました。いずれにしても、もう少し分割後のことを考慮すべきだったかも知れません。お詫び致します。この件については、少し保留します。ただ、かりに新規の記事が完成した場合、表「事件で処罰または死亡した人物」は、新規の記事に移動する必要があろうと思います。--壁掛成蛸は三考する葦である会話2021年3月19日 (金) 09:54 (UTC)[返信]
  • 「長屋王の変」を新規立項したため、分割提案を取り下げます。ご迷惑をおかけしました。--壁掛成蛸は三考する葦である会話2021年3月24日 (水) 20:25 (UTC)[返信]
長屋王の変の立項おつかれさまです。表「事件で処罰または死亡した人物」は、長屋王の変の記事に移動していただくのが良いかと思います。--Snap55会話2021年3月25日 (木) 15:48 (UTC)[返信]