ノート:第一次ソロモン海戦

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

あまりにも学術的に説得力の無い議論がまかりと通っていて、驚いています。 日中戦争などと言うものは起きていません。また太平洋戦争なる呼称も戦後GHQによって強制された政治的な用語であります。--Psfdiugw 2008年7月6日 (日) 17:03 (UTC)[返信]

え?日中戦争が起きていないなら、昭和初期に日本兵が中国で大量に戦死したのはどんな戦いだと言うんだい?太平洋戦争は太平洋を挟んで起きたから太平洋戦争なんだろ?大東亜ってのは、その字の意味を考えれば大きな東亜細亜ってことだろ?ミッドウェーやハワイも東アジアか?少し文字の意味考えてから喋ってくれ。
学術的に説得力がないというのであれば、そちらの意見は学術的に説得力があるというのか?
現在では学校の教科書にも太平洋戦争、日中戦争という説明がなされているのであるから、太平洋戦争の方が一般的であろう。これを学術的に説得力のない説明というのはどういう意味なのかしっかり説明してもらえるのでしょうな?編集なさるのは自由ですが、歴史事実の歪曲をなさるつもりであれば、こちらも毅然とした対応を取らさせていただきます。--GF 2008年7月8日 (火) 09:21 (UTC)[返信]
追記:大東亜戦争にという呼称に関しては戦前の日本政府が定めた正式呼称ですが、現在公式には使用せず、また太平洋戦争のほうを条文内等で使用している以上、わざわざ大東亜戦争に呼称変更する理由は全く認められませんし、一般的に広く浸透している太平洋戦争を使用するほうが百科事典としては妥当。日中戦争は1941年12月9日に中国が日本に宣戦布告しています。これ以降終戦までは確実に日本と中国は国際法上戦争状態だったわけですし、それ以前の互いに宣戦布告をしない状態で戦闘を行っていた盧溝橋事件以降を含めて日中戦争と呼称するのが一般的である以上、日中戦争が発生していないというのは詭弁にしかなりえないと思いますが如何に?--GF 2008年7月8日 (火) 09:31 (UTC)[返信]

教科書とおっしゃいますが、わが国は国定教科書を定めておらず各社ばらつきがあるのが現実です。ですから扶桑社版には「大東亜戦争」と記載されています。またアジア・太平洋戦争とも記載している物もあります。教科書に載っているということで正当性を担保するのは学問をされた方ならできないことであるはずです。 公式文書、少なくとも防衛省は「大東亜戦争」を現在でも使用しています。GFさんのお話ですと防衛省は歴史を歪曲しているのでしょうか?わが国が正式呼称とし、GHQが使用禁止にしたと言う事実以外に何が存在するのでしょうか。GHQの通達がなぜ大東亜戦争という呼称の正当性を毀損するのか、合理的な論は存在するのでしょうか。正当性は一般的であるなどという議論でなされるものではないはずです。例えば、慣用句として一般的でも語義としては間違っていると言うことは多々見られることです。その際、百科事典だからこそ一般的である慣用句の誤りを正し、本来の正当性を主張すべきです。 支那事変につき大東亜戦争開戦以降大陸での蒋介石との戦いもこの大東亜戦争に抱合された形になっております。GFさんは国際法を持ち出されていますが、これを持ち出せばこそ「日中戦争」は存在しません。分かりますよね、ご自身の書かれた文章の中に答えが出てしまっていますから。 最後に、地理的概念を持ち出されておられますが、これは本論に影響を及ぼす論拠には全くなりません。--Psfdiugw 2008年7月9日 (水) 15:52 (UTC)当時としても海軍は「太平洋戦争」を主張しましたが、主戦場を戦争呼称に、また大東亜解放の理念を盛り込むべきと言う陸軍の主張が通り「大東亜戦争」と決定されたのです。大切なのは歴史的に何が正当とされるかであるはずです。[返信]

ふむ。で、あるならば別に太平洋戦争を使用しても何等問題はないわけですな。wikipediaが一般的に理解のしやすい百科事典を目指す以上、より一般的である太平洋戦争の呼称を使うのに何の不都合があるのでしょう?一般的で理解のしやすいものを記載するべきこのウィキペディアにおいて、未だに正式名称が曖昧なままになっている(当時は正式名称でしたでしょうが、現在は(公的に使用していないという意味で)違うでしょう。だからこそ皇室も「先の大戦」等と言葉を濁すわけですし)大東亜戦争の呼称をわざわざ一般的な太平洋戦争から書き換える意義がわかりません。
GHQから禁止された経緯は存じておりますが、正式名称として一般的に認知されているのであればともかく、他の記事でも日中戦争、太平洋戦争が多用されている以上、そのフォーマットに合わせて使用していくのが、一般的にわかりやすい記事を書く上で重要なのではないのでしょうか?ついでにいえば、太平洋戦争という俗称が語義として間違っているわけではありません。一般に大東亜戦争より広く知られた俗称、というよりアメリカ側から見た日米戦争の正式名称の直訳である、ついでに言えばこの記事自体太平洋で行われた日米戦争の一部を扱った記事である以上、それを使用するのに何の間違いがあるのでしょうか?わざわざ太平洋戦争よりも一般的に知られていない日本側の正式名称に書き換える意義があるのでしょうか?日中戦争においても正式名称云々は意見の相違でしょうが、どっちがより一般的かということを考えれば、そしてここがどういう場所なのかを考えれば、答えは自ずと出てくるのでは?呼称が間違っているわけではないわけですし。
また、慣用句というのは一般的に認知されていなければ慣用句足り得ないわけですから、それを悪だと断じられるのであれば、現在それらを常用していられる方が殆どのウィキにおいてそれらを改めるために、それをコメント依頼等にて議論し、方針として定めるべき事柄ではないのでしょうか?ここで学術的な議論をしても何の解決にもなりませんよ。
因みにwikiの太平洋戦争のほうでもこの議論が発生し、ノート:大東亜戦争の方で未だに議論が行われているようですから、そちらで議論されることを望みます。その結論を受けた上での書き換えをお願いいたします。ここだけではなく、他の記事でも合意なく改称されるのであれば、恐らく大きな反発を受けると思われますので。貴方がすべきは太平洋戦争という慣用句(あなた流に言えば)を、大東亜戦争という当時の日本政府が定めた正式名称に変えなければならない、ということを今まで太平洋戦争という呼称を使って記事を書いていらっしゃった他の方々を納得させなければならないということです。少なくともアメリカの正式名称の直訳として太平洋戦争が存在するのですから、それが間違っているということを立証しなければならない。そうでなければ書き換えを納得しない方は多いでしょう。一番手っ取り早い道は、方針として定めてしまうことだと思います。少なくとも現状では納得される方は少数だと思いますよ。--GF 2008年7月10日 (木) 12:41 (UTC)[返信]

ですから呼称自体が間違っているのでしょう。アメリカ側の呼称なんですよね。 論理が飛んで矛盾してますよ。よくご自身の文章をお読みになってから投稿なさってください。--Psfdiugw 2008年7月11日 (金) 15:54 (UTC)[返信]

"アメリカ側の呼称=間違っている"の理由が全くわかりませんw日本側の呼称でなければならない、またいくら一般的でも俗称を使ってはならないルールがウィキペディアにあるとでも?もし、それを主張したいのであればWP:IAR#そのルールが本当に邪魔なら、ルールを変えていくに沿ってこの戦争の記事を書いている方全体に、特に太平洋戦争、日中戦争という言葉を使ってらっしゃる方全体に説明する義務が貴方にあります。太平洋戦争という言葉を使用することがウィキペディアで禁止されている、もしくは太平洋戦争という言葉を大東亜戦争という言葉に置き換えるのが推奨されているのであれば、今回の貴方の修正にも納得はできますが、少なくとも現状では太平洋戦争という言葉は使用が禁止はされておらず、むしろ大東亜戦争という言葉より一般的であり、また太平洋戦争で統一している記事が圧倒的に多い事、さらにこの記事でなくとも太平洋戦争を使っている記事の殆どはアメリカ相手の戦争を扱った記事でしょう。アメリカ(連合国)相手の戦争に限定して記事内にこの名称を使うのに何等矛盾点があるとは思えませんが?また、貴方が"太平洋戦争の使用が学術的に何の論拠もない"という事に対して私は"歴史を歪曲するつもりか"と噛み付いたのですが、そもそものお互いの基準が違っていたようですね。貴方は、"アメリカの言うことは間違っている(もしくは使ってはいけない?)"というスタンスであるのに対して、私はあくまでも使いやすさ、どちらがより一般的かという基準です。勿論太平洋戦争という言葉自体アメリカの正式名称の直訳である以上、間違っているとは毛頭思ってはいませんが。そこまで排他的に日本側名称に拘る必要も全く認めませんし。
繰り返しますが、"アメリカ側の呼称を使用するのは間違っていて学術的にも反している"という理屈は現時点では貴方の脳内ルールであって、ウィキペディアの公式方針ではありませんし、使用が禁止されているわけでもありません。むしろ、太平洋戦争という言葉の使用が1941年12月8日から1945年9月2日まで連合国と日本の間で起きた主に太平洋を挟んで行われた戦争に対する呼称として使用するのが現在の暗黙のルールになっているわけですから、それを変えようとするのであれば他の皆さんも含めた、太平洋戦争を使用している方々を納得させる説明を貴方は行わなければなりません。そしてそれを行うのはここではなく、もっと公の場であるべきです。WP:PJ辺りで議論されては如何でしょうか?ただまぁ既に「太平洋戦争」という括りでカテゴリ化やナビゲーションプレートの設置が審議されている段階ですから、その方々に対してまずはそのご意見をぶつけてみるのが宜しいかと。
前回も書きましたが、貴方の意見の妥当性を決めるのはここではなく、公式の方針を決める場です。こういった末端の記事に対して割く時間があるのであれば、そちらに時間を割かれたほうが宜しいかと。ついでに言うのであれば、ウィキペディアで一般的に使われているのは「太平洋戦争」です。この事実がある以上、私は"太平洋戦争"をわざわざ"大東亜戦争"に変える妥当性は全く認めませんし、むしろ現状に混乱をもたらし各記事のコミュニティを疲弊させる行為だと認識しております。ご自分の意見を持つのは結構ですが、現状と違う意見である以上、まずはその意見が他の大多数の賛同を得られるかご自分で努力されるのが正しい道ではないのでしょうかね?その上で大東亜戦争を太平洋戦争から変えて呼称変更するという公式方針が出るのであれば、私としては変えるのはやぶさかではありませんがね。現状では認めることは出来ません。とりあえず、コメント依頼あたりから立ててみますか?議論なさる気があるのであれば、きっかけ作りくらいはお手伝いしますが?--GF 2008年7月11日 (金) 18:27 (UTC)[返信]
追記:Category‐ノート:大東亜戦争で、どちらをウィキでは一般的に使用するか、一旦結論は出ているようです。ご参考までに。--GF 2008年7月16日 (水) 12:50 (UTC)[返信]


「結果と影響」における記述について[編集]

「結果と影響」第3段落には、 また、この海戦勝利の影で夜戦での探照灯による照射砲撃が持つ危険性(照射艦が敵艦隊から集中砲撃を浴びる)というものが戦訓として考慮されなかった。 とありますが、戦闘詳報では、照射砲撃の利点と問題点が整理されています。その中で、自艦に連合軍の砲火が集中されたことが明確に認識されており、その上で、後続艦に照射任務を継承させるなどの対策が提言されています(アジア歴史資料センター: 昭和17年8月8日~昭和17年8月9日 軍艦鳥海第1次ソロモン海戦戦闘詳報(ツラギ海峡夜戦)(1), p.26-27)。すなわち「照射砲撃が持つ危険性」は戦訓として報告されており、この点に関する現在の記述は正確ではありません。--203.136.93.29 2009年11月26日 (木) 16:08 (UTC)[返信]

戦訓として考慮されなかった結果が、第三次ソロモン海戦の比叡、霧島喪失に繋がっており、戦闘詳報に記載されていても、戦訓として考慮されなかったことは結果が示しております。尚、記載は参考文献の佐藤和正著「太平洋海戦」に記述されているものです。佐藤氏もこの戦訓と第三次ソロモン海戦の結果について言及されています。--GF 2010年12月27日 (月) 16:48 (UTC)[返信]

第一次ソロモン海戦の時間的及び空間的範囲は何処までか[編集]

現在、バトルボックスの日本軍損害に重巡1が記載されています。帰投中に米潜水艦に撃沈された加古のことを指すと思われますが、その割には加古を撃沈した米潜水艦「S44(SS-155)」が米軍戦力として記載されていないという矛盾した状況になっています。加古撃沈を第一次ソロモン海戦に含めた場合、時間的に10日、位置はカビエン近くまでも第一次ソロモン海戦に含まれることになります。しかし、このように海戦の範囲を時間的及び空間的に広げることが果たして妥当なことでしょうか。なぜならば、当時ビスマルク諸島からソロモン諸島にかけての地域には両軍とも多くの陸海空戦力を展開しており、それらも記載しなければならなくなるからです。例えば、加古の撃沈を書くならば、これを成し遂げた米潜水艦「S44(SS-155)」は米軍戦力として記載しなければならなくなることは言うまでもありませんし、他にも米軍艦船を攻撃した日本軍航空隊や上空哨戒の米軍航空隊も戦力として記載すべきか否かといった問題も噴出し収拾がつかなくなります。よって当海戦の時間的及び空間的範囲は8日夜から9日未明にかけてガダルカナル・フロリダ島水域で戦われた夜間水上戦に限定すべきで、それ以外は外すべきだと思います。もっとも、加古の撃沈のように当海戦に深く関連する出来事を関連事項として記載すること自体に異議はありません。--Tokugawa 2011年3月22日 (火) 11:36 (UTC)[返信]

第一次ソロモン海戦を扱った日本書籍には、大抵「加古」の沈没も第一次ソロモン海戦の一部として扱われています。バトルボックスの「加古」沈没は、通説に沿って加えられているものと推測します。この点では、前日の日本軍航空隊による米輸送船団への攻撃、さらに日本軍本来の目的の一つである「ツラギ」への陸戦隊輸送と、輸送船沈没による失敗も含めるべきか、という問題があります。「第一次ソロモン海戦」を夜戦のみに限定する通説に沿って、夜戦後の帰還中沈没した重巡洋艦「加古」沈没、退避中に空襲で撃沈された駆逐艦「ジャービス」沈没をバトルボックスから外すのが妥当ではないかと思います。--こぐ 2011年4月3日 (日) 12:53 (UTC)[返信]
ご意見ありがとうございます。両軍の該当艦2隻をバトルボックスから外しました。--Tokugawa 2011年6月18日 (土) 09:28 (UTC)[返信]