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ノート:科学における不正行為/虚偽の実績と私文書偽造

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履歴等に虚偽の実績や経歴を書くことは私文書偽造か[編集]

ノート:科学における不正行為とかWikipedia:コメント依頼/Gestgestでの説明が不満の方がいらっしゃるようなので、ちょいと基本書に沿った説明をします。ここでは、学説が対立する以前の問題であり、議論の前提として法律家(学者・実務家)が共通認識としている範囲のことを記しますので、誰の教科書を見てもいいのですが、「ページ数を出せ」って言うもんだから、とりあえず今手元にある大谷實の「新版刑法講義各論[追補版]」に準拠します。ページ数は全てこの本のものと思ってください。

刑法において、「偽造」とは、最広義の偽造から狭義の偽造まであります。「再狭義~広義」という人もいますけど、言ってることは同じなので、大谷の表記に準拠します。「広義の偽造」は「狭義の偽造+変造」なので、ここでは無視してください。最広義の偽造には、「有形偽造」と「無形偽造」があります。これらはそれぞれ、

  • 有形偽造作成権限のない者が他人の名義を冒用して文書を作成すること(狭義の偽造)
  • 無形偽造作成権限を有する者が虚偽の文書を作成すること

をいいます。そして、公文書偽造及び私文書偽造における「偽造」とは狭義の偽造、すなわち有形偽造を指します(ここまで449頁参照)。有形偽造、すなわち文書偽造罪における「偽造」の意味につき、判例は「作成名義を偽ることすなわち私文書の名義人でない者が権限がないのに、名義人の氏名を冒用して文書を作成することをいうのであって、その本質は文書作成者との人格の同一性を偽ることにある」と述べています(最判昭和59年2月17日)。有形偽造の定義については、学説によっても表現に多少ぶれがあり、「他人名義の文書を作成すること」とか「人格の同一性を偽ること」等といわれますが、いずれにせよ、実際に文書を作成した人と、その文書の作成名義人となっている人が異なる文書を作成することを意味するという大まかな理解で一致しています。つまり、AさんがBさん名義の私文書を作成したら私文書偽造罪、AさんがCさん名義の公文書を作成したら公文書偽造罪になります。では、AさんがA名義で内容デタラメな文書を作成したらどうでしょう。たとえその文書の内容がおかしくても、故意に嘘を書いていても、「A名義」であることに違いはない(有形偽造ではない)ので、文書偽造罪は成立しません。「他人名義の冒用」はありませんし、「人格の同一性」も偽っていないというのがポイントです。

「内容が虚偽」というのは、有形偽造の問題ではなく、無形偽造の問題となります。無形偽造とは、「文書の作成権限を有する者が真実に反する内容の文書を作成すること」(453頁)を意味し(「虚偽文書の作成」ともいう)、AさんがAさん名義の公文書を無形偽造した場合、「虚偽公文書作成罪」の問題となります。Aさんは自分である「A名義」の公文書を作成しているので、「公文書偽造罪」(=有形偽造)の問題ではありません。なお、「虚偽私文書作成罪」という犯罪類型は刑法に存在しないので、真実に反する内容の私文書を作成しても犯罪ではありません。

ちなみに、「公文書」とは、「公務所または公務員が、その名義をもって権限内において所定の形式に従って作成すべき文書」をいい、「職務上の文書といえない私的な挨拶状、私的な会合等の連絡文書、辞職願等は、仮に記載物に公務員としての肩書が記載されていても公文書ではない」とされます(460頁)。

さて、ようやく履歴書(ここでは、「履歴書」に限らず、実績とか経歴を記した何らかの文書も全て含めます)の話にいきます。履歴書は「職務上の文書」ではないので、私文書です。本文で問題となっている記述は、「虚偽の実績や経歴にもとづき教職や研究職に応募している場合」です。Aさんが、自分の履歴書に「こんな研究をやってきました」という嘘の内容を書いたとします。ここで、このような場合、先ほど述べた「有形偽造」と「無形偽造」に分類すると、これはどちらに該当するでしょうか。

この履歴書で間違っているのは、「名義人」ではないですね(なお、念のため「名義人」も定義しておくと、「当該文書の意思または観念の表示主体」451頁)。AさんはAさん自身が「こんな内容の研究をしてきました」と書いているわけで、名義人はAさん。作成者(Aさん)と履歴書に表れている人格(Aさん)は同一です(作成者=名義人)。これを言い換えれば「有形偽造」ではないということです。有形偽造ではないということは、文書偽造罪は成立しません(前述の通り、449頁参照)。他方、その履歴書の「作成者=名義人=Aさん」の実績や経歴として、「真実に反する内容」が書かれています。これを講学上「無形偽造」といいました(さらに前述449頁参照)。文書の無形偽造は、「虚偽文書の作成」ともいい、公文書だったら虚偽公文書作成罪が成立し、公文書偽造罪は成立しません(もひとつ前述449頁参照)。

ところで、松澤氏の論文では、履歴書の偽造で私文書偽造罪が成立していますが、これは間違いなのでしょうか。もちろん、そんなことはありません。上記のとおり、文書偽造罪の成立を考える際、「履歴書だからどうだ」とかいう話はしていませんでした。ずっと、「有形偽造か無形偽造か」という点を検討してきました。ここでも同じことで、「有形偽造」か「無形偽造」かの検討につきます。論文で挙げられた判例はどういう事例かというと、オウム真理教の信者Aさんが指名手配中に求人に応募した…というものです(論文にはそこまで出ていませんが)。その際、履歴書には偽名(B)を使い、生年月日・住所・経歴等も虚偽のもの(=Bという架空の人物の生年月日・住所・経歴ですね)を書いていました。そうすると、作成したのはAさんですが、その履歴書はBさん名義です。そこで、この履歴書は「名義人と作成者との人格の同一性」に齟齬がある(すなわち有形偽造)として、最高裁は私文書偽造の成立を認めました。

重要なのは、この論文も、そこで引用されている判例も、「有形偽造に当たるから文書偽造罪が成立する」というロジックを当然の前提にしているということです。もちろん「有形偽造」というのは講学上の用語ですので、そのまま出てきませんが、「人格の同一性」等の概念を用いてそれを表しています(前述の定義参照)。決して、「虚偽の内容を書いたから私文書偽造」とは書かれていないということです。前述の定義(やっぱり前述449頁参照)からして、これは当然ですね。「虚偽の内容を書くこと」は「無形偽造」であって、私文書偽造罪が規定する行為(「構成要件的行為」ともいます)ではないからです。私は、先にWikipedia:コメント依頼/Gestgestで「その論文には依頼者の主張を補強するようなことは一切書かれておりませんし、むしろ、その論文を被依頼者の見解の出典にしてもいいくらい」と述べましたが、その意味もこれでお分かりかと思います。この論文で述べられていることは、まさに「有形偽造の場合に私文書偽造罪が成立する」ということなのですから(実際はそんな当たり前のことを今更主張しているのではなく、それを前提に論を展開しているわけです)。

利用者:大和屋敷会話 / 投稿記録 / 記録さんは、この論文に「履歴書の虚偽記載が「私文書偽造にはあたらない」とは書いていませんし、それが常識だと理解できるようにも記述してありません。」等と述べていますが、それは当然です。だってそんな「基礎知識」は、論文ではなく、基本書に書いてあることなのですから。そして、基本書を読み、基礎知識を身につけ、論文を読む土台ができたうえで論文を読めば、その記述から「常識だと理解」することができます。もちろん、表現に差異はあれど、既に提示された前田教授の基本書にも書かれてあることです。そしておそらく、その他の基本書にも。

さて、これが利用者:Gestgest会話 / 投稿記録 / 記録氏の言う「法律の世界ではかなり当たり前のこと」であり、利用者:Dwy会話 / 投稿記録 / 記録氏の言う「ちょっとまじめに勉強した人なら誰でも知っているくらいのレベルの知識」であり、私が最初に述べた「議論の前提として法律家(学者・実務家)が共通認識としている範囲のこと」です。--かんぴ 2011年6月9日 (木) 14:13 (UTC)[返信]