ノート:岡田英弘

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

啓蒙書での論証[編集]

啓蒙書で歴史学の手順によらない記述があると記載されていましたが、啓蒙書では学術論文のような論証を経ずして結果のみが記述されることもままあります。その点を取り上げて特異な存在であるとしているのは中立性に対する配慮が欠けているように思います。学術論文に書いていないことを一般向けの本に書いて論を捻じ曲げているような例があるのでしょうか? それならばこのように記述されるのもわかるのですが、そうでないのなら誹謗中傷したことになります。書き方を工夫するか、コメントアウトした部分を削除すべきと考えます。--赤い飛行船 2007年7月22日 (日) 19:43 (UTC)[返信]

手元に岡田氏の著作が無いので具体例を挙げられないのですが、岡田氏の問題は何ら論証の過程を経ずして(学術論文にてそれが為されている訳でもない)、唐突に結論が飛び出てくるところにあります。岡田氏の『だれが中国をつくったか』などはその最たるものと思われます。更にいえば、このような歴史観を主張しているのはほぼ岡田氏に限られており、その他の中国史学者からはほぼ無視されているのが現状であると思われます。岡田氏の研究に付いてはあまり勉強しておらず、確実なことは言えない状態なのですが。ただし以上のことは岡田氏が中国史全般について言及した時の話であり、岡田氏の専門のモンゴル・女真に付いては当てはまらないことを注記しておきます。らりた 2007年7月23日 (月) 11:54 (UTC)[返信]


また、岡田は彼独特の史料の読み込みによってしばしば斬新な学説を提示するが、それは啓蒙書などにおいて根拠を緻密に論証する歴史学の手順を踏まずに行われることがあり、そのために彼の説は歴史学者にとっては言及し難いものも多い。

という部分ですが、読みようによっては「岡田は歴史学者じゃない」って言っているようにも読めますね。率直に言ってこれじゃ喧嘩売っているのも同然だと思いますが、いかがでしょうか? それでは具体的にどこが問題か指摘すればよいかというと、それは独自研究とみなされる可能性が高いように思います。なぜなら日本の歴史学界が岡田さんを無視しているのですから。岡田史観を批判する論文がなければウィキペディア的な記事は書けません。中国史に明るいらりたさんにしてみれば「歴史学者にとっては言及し難いものも多い」と認識されるのも当然かと思いますが、ウィキペディア的にはNGだといわざるを得ません。根拠の提示なき記述はしないというガイドラインに則った記述を工夫するか、それがかなわないのならば状況が整うまでこのパラグラフを削除することも含め再考いただけませんか? --赤い飛行船 2007年12月24日 (月) 15:42 (UTC)[返信]

はっきり言ってしまえば、私は現在の岡田氏は歴史学者とはいえないと思います。それは歴史学の手続きをまるで踏んでいないからです。特に最近著の『日本人のための歴史学』は立ち読みしただけだけど酷かった。社会経済史を専攻に選ぶ人は何らかのコンプレックスを持っているとか何とか述べていましたが、西嶋定生・宮崎市定という東西両巨頭が参加している分野で何を言っているのやらとあきれました。
とまあ、以上のは私の感想に過ぎないのでもちろんウィキペディアに載せるのは不可です。上のパラグラフを削除するのもまあ致し方ないかなとも思います。で、その代案としてですが岡田氏のHPを見ていただければ分かるかと思いますが中国史・日本史・その他の分野の論文は「学術誌に投稿していない」ということを注記しておいてもらえないでしょうか。あ、私が知らないだけで学術誌が混じっているのかもしれませんが、少なくとも東洋史関係では「史学雑誌」も「東洋史研究」も「歴史学研究」も「東方学」もありません。要はそういう人であるということを注記しておかないと無用な誤解を招かないかなと思います。はい。らりた 2007年12月25日 (火) 11:47 (UTC)[返信]
提案を入れて編集してみましたが、どんなもんでしょう? --赤い飛行船 2007年12月27日 (木) 19:31 (UTC)[返信]
あ、この表現ならばまったく文句がありません。どうもありがとうございました。らりた 2007年12月28日 (金) 11:45 (UTC)[返信]

引用したなら出典の明示を[編集]

引用したと思しきところが境界が曖昧です。引用文はそれとわかるように記述すると共に、出典を示しておくべきです。--赤い飛行船 2007年7月22日 (日) 19:46 (UTC)[返信]

フジサンケイグループに好まれるとっぴな論[編集]

まず見なければならないのは、彼は本来モンゴルといういわば中国と常に戦いをしていた民族の研究者であったことです。そこに、彼の突飛な論を創作する原因があります。えてして、モンゴル研究者、チベット研究者、ベトナム研究者など、漢民族周辺の民族を研究している人間は、中国を見下すか、あるいは本来の価値を低く見積もろうとする心理面が働いています。それは、学会誌を見ればわかることです。人間の行うことですから仕方がありませんが。彼の突飛な論は、反共産中国を、社是としているフジサンケイグループや読売グループにとっては、非常に都合がよいわけであり、単に、日本社会における反共産中国世論形成のため、利用されているだけです。だから、マスコミの場に求めているというよりも、逆に利用されているだけ、学会というプロ集団の中では、全く通用しない、考証を経ていない議論ばかりを唱えている人間です。--以上の署名のないコメントは、219.110.152.174会話/Whois)さんが 2009年8月29日 (土) 23:51(UTC) に投稿したものです。

あなたは、「岡田独自の歴史観(岡田史観と呼ばれる)に同意する者はほとんどおらず、そのため学会ではほぼ無視されている」と書かれてますが、それは、あなたの個人的な主観に基づく意見であり、岡田氏は国際モンゴル学会名誉会員やモンゴル国政府から北極星勲章を授与されるなど、この分野では世界的な研究者ですし、2009年には日本の一流の東洋史学者が執筆した『清朝とは何か(藤原書店)』の責任編集をしていますし、大阪大学の堤一昭氏は2009年の論文「中国の自画像と日本の中国像」で岡田氏の論文引用しているし、注目されている若手中国史学者の駒澤大学の杉山清彦氏も岡田氏を「岡田英弘氏は、モンゴル史・満洲史に軸足をおきながら、ひろく中国史・日本古代史などさまざまな分野で発言をつづけており、その卓抜した史眼には定評がある」(http://www.teikokushoin.co.jp/teacher/high/history_world/pdf/200510/history_world200510-20.pdf/ )と書かれてますし、以前何かの学術書の書評で『だれが中国をつくったか』を挙げて、「表題の印象とは逆に該分野でも必読の概説」と書かれていました。--118.17.108.135 2010年4月26日 (月) 16:40 (UTC)[返信]