ノート:北国街道 (信越)

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直江津以東の北国街道北陸道へお願いします。もしくは北国街道 (越後)へ執筆してください。北国街道は北陸道全体の呼称ですが、善光寺の参道として本線から外れたかたちで整備された歴史的背景をみると、名称は同じでも直江津で接続する別の道と考えるのが妥当でしょう。219.189.96.19 2006年12月29日 (金) 21:15 (UTC)[返信]

  • 219.125.126.13さんの言う北陸道には「江戸時代になると、北陸道は、善光寺へ参拝する路線として整備された。江戸時代の北国街道は、追分宿から直江津を経て、直江津から日本海沿いに京都へ向かう道路として整備された。この内、狭義の北国街道は、追分宿から直江津までの道路を指す事もあり、これは善光寺街道とも呼ばれた。」と書いてあります。善光寺は単なる中間地点ではないです。それと、当該ルートはあくまでという意味が分かりません。畿内から日本海側を北上し、越後まで結ぶ路線が北陸道。北陸道の別称が北国街道。狭義の北国街道が善光寺街道だと思うのですが。Caminante 2007年2月28日 (水) 02:19 (UTC)[返信]