ノート:刀工

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方針[編集]

明治以降に本阿弥光遜によって確立した五ヶ伝の切り口から、伝法別-国別-著名刀工と整理しております。国の切り口より、刀工の歴史という観点から伝法別に整理していったほうがWIKIPEDIAに見合うと考えました。典拠は「日本刀の掟と特徴」、「日本刀鑑定読本」がベースですが、さらに新しい情報があれば逐次盛り込み修正しております。どうぞご協力をお願いいたします。--Rokurokusanjin 2009年5月8日 (金) 06:06 (UTC)[返信]

画像[編集]

重複しますが、画像を足しました。選択をお願いします。--利用者:伊勢山伊勢山2008年2月9日 (土) 08:48 (UTC)[返信]

200pxでしたら、どれでも結構です。大きいと、目次部分がトップ画面に出ませんので。--信國伯堂 2008年2月10日 (日) 13:29 (UTC)[返信]

典拠[編集]

刀工の流派を別項目として立てます>準備中--信國伯堂 2008年2月10日 (日) 18:20 (UTC) 必ず典拠を確認するようにしましょう。なお、原文を表示できるものはそれを優先します。刀工の歴史は記入しました。現在、受領について調査中、--信國伯堂 2008年2月19日 (火) 16:21 (UTC)[返信]

記述修正依頼[編集]

信国派の以下の記述は、全体の流れにふさわしくなく修正もしくは削除をお願いします。

吉貞の長男、初代平四朗吉政を筆頭に信国重包、信国吉包が有名、筑前信国派の刀は、金筋交え美しく、出来栄え極めて良い。黒田武士好みの刀が多く無骨かつ重量感あふれる作品が多く、見るものを圧倒する出来栄えである。平四朗吉政は同名で三代有り、現存のほとんどの平四朗吉政は、二代以降の物であり、まれに見る初代平四朗吉政の作品は、すばらしい出来である。筑州住源信国平四朗吉政作、源信国平四朗吉政作などの銘がある。) --信國伯堂 2009年12月21日 (月) 14:19 (UTC)[返信]

「歴史と主な刀派」節について[編集]

この節の中の「江戸時代前期、中期」小節内、敬体で書かれた部分は、どこかからのコピペのようですね。文で検索するとかなりの数でヒットします。著作権の関係でまずいんじゃないでしょうか。Wikipediaの手続きに詳しい方、関係部分の修正なり削除なりをお願いします。--218.222.53.141 2010年1月2日 (土) 09:30 (UTC)[返信]

まだ鎌倉時代までしか加筆修正しておりません。ご指摘の件ごもっともです。一括削除は容易ではありますが、新しい記述の構想がまだ出来ておりません。冗長な記述にならず、刀剣の見所、評価ではなく、あくまで「時代と刀工」に焦点を絞って簡潔にかつ出来る限り正確な内容に仕上げたいと考えております。暫しお待ちください。--Rokurokusanjin 2010年1月22日 (金) 03:01 (UTC)[返信]

外部リンク修正[編集]

編集者の皆さんこんにちは、

刀工」上の1個の外部リンクを修正しました。今回の編集の確認にご協力お願いします。もし何か疑問点がある場合、もしくはリンクや記事をボットの処理対象から外す必要がある場合は、こちらのFAQをご覧ください。以下の通り編集しました。

編集の確認が終わりましたら、下記のテンプレートの指示にしたがってURLの問題を修正してください。

ありがとうございました。—InternetArchiveBot (バグを報告する) 2018年1月25日 (木) 13:34 (UTC)[返信]