ノート:イスラーム教徒による宗教的迫害

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適宜出典の明示を[編集]

たいへん重要な内容を取り扱う記事であると思いますが、いまのところ、出典が明示されておりませんので、Wikipedia:独自研究は載せないにあたらないか、懸念しております。記事全体の各所で出典の明示が必要だと思いますが、とくに「評価」という節で、「・・・傾向がある」との文言が(出典・脚注なしで)多用されている点が気になりました。ひろく編集参加を募って、気づいた方が出典を挙げていくこともできますが、時間や手間の煩瑣を避けるためにも、最初に執筆していただいた方に、適宜出典を加筆していただければ幸いです。この記事が、より信頼性の高い、充実した内容になることを期待します。 --Eine kleine 2007年9月20日 (木) 10:31 (UTC)

出典を明示していただいたようでありがとうございます。本文の脚注のところは、参考資料が外部リンクのPDF文書の場合は(クリックするとPDFリーダーが起動してびっくりしますので)その旨を明記しておきました。参考文献の節には、Amazonで検索したものの中から該当するものを入れておきました。版の異なるものでしたら、適宜ご修正ください。また、脚注に挙げられている文献で、書名の欠けているものがあったようですので、追加していただけますと幸いです。 --Eine kleine 2007年9月21日 (金) 04:54 (UTC)

迫害を正当化する論理について[編集]

イスラームに関しては知識不足ですので、原理主義的ムスリムが宗教的迫害を行う際に自己正当化に用いるコーランやハーディスの節などをご存知でしたら加筆をお願いします。(今のところズィンミー規定に関しては書かれています。)222.225.108.78 2007年9月21日 (金) 08:55 (UTC)

宗教的正当化の項目と世俗的原因の項目を追加しました。222.225.224.105 2007年9月22日 (土) 04:56 (UTC)

要検証[編集]

要検証タグを貼ります。うえでも議論されていますが、鈴木董を鈴木薫としたり、著者名とページしかないものがあったり、かなりプロパガンダ性の強いサイトであったり、書いてもいないのに出典にしている(たとえば飯塚さんのサイト)など、出典関連に問題がありすぎます。--Kotoito 2007年12月7日 (金) 08:46 (UTC)

英語版記事[編集]

独自研究などを理由に削除されたようです[1]。--fromm 2007年12月20日 (木) 01:49 (UTC)

コメント依頼[編集]

次のような考えに従って、本記事の削除依頼を考えます。また、「何々教徒による宗教的迫害」の記事全体に対しても、削除依頼を検討するのが望ましいとも考えます。更に、現在、Wikipedia:削除依頼/宗教的迫害カテゴリでカテゴリを削除依頼に出していますが、カテゴリについても意見を求めるのが望ましく考えます(従って、コメント依頼が望ましい)。

イスラーム教徒による宗教的迫害という記事が何故問題かというと、次のように説明できます。

  1. グループAが、グループBを迫害した。
  2. X教徒のグループAが、グループBを迫害した。
  3. X教徒が、グループBを迫害した。

このような記述を考えると、1から2への移行は、グループAがX教徒であることが検証できれば、問題ないと思えます。しかし、3への移行は、「X教徒」というものが、そもそも、グループAと同規模の均一性ある組織・団体の成員かという疑問があり、2→3は成立しないとするのが妥当と思います(成立するとすると、「独自研究」になります)。

この記事では、X教徒が、イスラム教徒になっているのですが、イスラム教とは、スンナとシーアがあり、シーア派は多数の分派に分かれており、スンナ派も、立場の違う集団が多数ある。しかも、歴史的に1400年存続してきたのがイスラム教である。「グループAが、グループBを迫害した」という歴史的事実が確認できたとしても、これを、「X教徒が、グループBを迫害した」とするのは、上述の通り、成立しないと言えます(「X教徒の一部のグループAのメンバーが、迫害した」が正確な処です)。

繰り返しになるかも知れませんが、個別の特定グループが別グループを迫害したという事象は検証できる。しかし、そのグループの所属宗教が迫害したとすると、これは成立しない(虚偽論法の一種になります。ある日本人グループが犯罪を犯すと、「日本人の犯罪」になりますが、これは「特定の日本人の犯罪」で、「日本人全体の犯罪」ではないのです)。

イスラーム教徒による宗教的迫害という記事は、「イスラム教宗教的迫害を行う宗教である」という主張を必然的に含んでしまうということになります(実際は、個別事象を集成記述しただけとしても、「イスラム教徒」というおおまかな括りに疑問があり、印象操作に結果的になります。換言すれば「独自研究」になります)。

以上のことは、「X教徒による宗教的迫害」一般についても同様に言えます(Wikipedia:コメント依頼/YODAFON も参照。宗教的迫害とされるものが、経済的・政治的・民族的・社会的・文化的・言語的な理由が絡まっていることも考慮せねばならない)。

従って、個人的意見としては、このようなカテゴリ、そして記事自体も、削除すべきだと考えます。個別事象としての「宗教的迫害」の出来事・事件は、どういう風にまとめるか、これは「プロジェクト:宗教と迫害」でも立ち上げて、話し合う必要があると思います。

以上の意見について、コメント依頼を求めます。--Maris stella 2007年12月28日 (金) 04:46 (UTC)

関連記事・項目[編集]

他にありましたら、追加してください。

コメント[編集]

地域、国ごとの事例に分けて「~~における信教の自由」という記事にすれば中立性を保ちやすいのではないでしょうか。パキスタンにおける宗教的迫害の英語版リンクはen:Freedom of religion in Pakistanです。今は消えた「神道信者による宗教的迫害」と「仏教徒による宗教的迫害」からは「日本における信教の自由」が作れたかも知れません。--波定 2010年5月12日 (水) 14:38 (UTC)