ドミートリー・レヴィツキー

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ドミートリー・レヴィツキー (自画像)

ドミートリー・レヴィツキー(Dmitry Grigoryevich Levitsky、Ukrainian: Дмитро Григорович Левицький; Russian: Дмитрий Григорьевич Левицкий1735年5月 -1822年4月18日)はキエフ生まれのロシアの肖像画家である。

略歴[編集]

キエフの聖職者で版画家のフルィホリー・レヴィツキーの息子に生まれた。父親から絵を学んだ後、サンクトペテルブルクの美術アカデミーで、アレクセイ・アントロポフに学び、1770年にアカデミーの展覧会に6点の肖像画を出展し有名になった。アカデミーの会員に選ばれ、肖像画の教授となり」1788年まで、その仕事を続けた。

1772年から1776年にかけて、皇帝、エカチェリーナ2世の依頼によって、エカチェリーナ2世が設立した、貴族の女子のための学校「スモーリヌィ女学院」の学生たちのダンスや楽器演奏、劇を演じる姿を描いた肖像画を制作した。

作品[編集]

参考文献[編集]

  • A. Polowzow: Russkj biografitscheskj slowar. Labsina - Ljaschenko. Isd. Imperatorskago Russkago istoritscheskago obschtschestwa, 1914, S. 149–150. (russisch)
  • Wadim Polewoi u. a.: Populjarnaja chudoschestwennaja enziklopedija: Tom 1. Sowetskaja enziklopedija, Moskau 1986, S. 391–392. (russisch)

外部リンク[編集]