スヴィスラチ (マヒリョウ州)

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スヴィスラチ (マヒリョウ州)の位置(ベラルーシ内)
スヴィスラチ (マヒリョウ州)

スヴィスラチベラルーシ語: Свіслач)はベラルーシマヒリョウ州アシポヴィチ地区(ru)の自治体である[注 1]

地理[編集]

スヴィスラチはアシポヴィチ地区の東端、ヴャレジナ川スヴィスラチ川が合流する地点にある。スヴィスラチの名はこの河川の名に由来する。

歴史[編集]

歴史的なスヴィスラチの街は、ベラルーシに最も古くからあった集落の一つでもある。スヴィスラチに残る都市遺構はポロツク公国期のものであり、その城址は11 - 12世紀の建築形式である。後にスヴィスラチはスヴィスロチ公国の首都となった[注 2]

13世紀半ばのモンゴルのルーシ侵攻以降、ベラルーシにはリトアニア大公国が進出するが、14世紀のロシアの地理誌にもスヴィスラチは記されている。中世のスヴィスラチの街はリトアニア大公の領有地であり、ナメストニクによって管理されていた。17世紀にはラジヴィウ家が領有した。

1793年(第2次ポーランド分割)より、スヴィスラチは帝政ロシア領となり、1801年にミンスク県ボブルイスク郡(ru)の一部となった[注 3]。19世紀のスヴィスラチでは、年に2回ヤルマルカ(ru)(定期市)が開かれていた。1848年に学校が、1868年には教会教区学校(ru)が開校した[注 4]。1895年には郵便局が設置された。1886年の人口は420人だった[1]

1919年に白ロシア・ソビエト社会主義共和国の一部となり、その後ソビエト連邦期を経て現在に至る。1999年の人口は852人。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 行政上の分類はベラルーシ語: аграгарадокロシア語: Агрогородок)。直訳:農業小都市。
  2. ^ 「ポロツク公国」「スヴィスロチ公国」はロシア語に基づく。ベラルーシ語準拠:ポラツク公国、スヴィスラチ公国。
  3. ^ 「県」はロシア語: губернияグベールニヤ)、「郡」はロシア語: уездウエズド)の訳。
  4. ^ 「教会教区学校」はロシア語: Церковно-приходская школаの直訳による。

出典[編集]

  1. ^ Свіслач // Энцыклапедыя гісторыі Беларусі. У 6 т. Т. 6. Кн. 1: Пузыны — Усая / Беларус. Энцыкл.; Рэдкал.: Г. П. Пашкоў (галоўны рэд.) і інш.; Маст. Э. Э. Жакевіч. — Мн.: БелЭн, 2001. С. 265.

座標: 北緯53度26分14秒 東経28度58分14秒 / 北緯53.43722度 東経28.97056度 / 53.43722; 28.97056