コンスタンティノープル条約 (1479年)

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コンスタンティノープル条約(コンスタンティノープルじょうやく、英語: Treaty of Constantinople)は1479年1月25日に締結された、ヴェネツィア共和国オスマン帝国の講和条約。条約により、十五年戦争英語版が正式に終結した。ヴェネツィアが講和したのは、オスマン軍がヴェネツィア近郊まで攻め寄せたことによる。条約により、ヴェネツィアはウルツィニドゥラス、アンティヴァン(Antivan)を維持したが、すでにオスマン軍に1年近く包囲されていた英語版シュコドラダルマチア海岸線にある領地、ギリシャのネグロポンテ英語版エヴィア島)とリムノス島を割譲した。ヴェネツィアはさらに賠償金10万ドゥカートの支払い[1]、および黒海での貿易特権の代償として年貢1万ドゥカートの支払いに同意せざるを得なかった。条約の結果、レヴァントにおけるヴェネツィアの立場は弱くなった[2]

脚注[編集]

  1. ^ Conflict and Conquest in the Islamic World: Alexander Mikaberidze, page 917, 2011
  2. ^ The Encyclopedia of World History (2001) - Venice The great war against the Turks (See 1463–79). Negroponte was lost (1470). The Turks throughout maintained the upper hand and at times raided to the very outskirts of Venice. In the Treaty of Constantinople (1479), the Venetians gave up Scutari and other Albanian stations, as well as Negroponte and Lemnos. Thenceforth the Venetians paid an annual tribute for permission to trade in the Black Sea.

参考文献[編集]

関連項目[編集]