イオアン10世 (アンティオキア総主教)

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イオアン10世(2013年2月18日)。クロブークをかぶり、胸にパナギアをかけている。

イオアン10世アラビア語: يوحنا العاشر يازجي ‎、 1955年 ラタキア[1] - )は、アンティオキア総主教(在位年間:選出 2012年12月17日[2]、着座 2013年2月10日[3]、 - 現職)。

ラタキアに生まれる。父親はアラビア語教師、母親は敬虔なレバノン人[2]

ティシュリーン大学英語版[4]土木工学の学士号を取得。この間、ビザンティン聖歌のための学校とその聖歌隊を組織した[2]

1978年、神学学士号をバラマンド大学英語版付属ダマスコのイオアン研究所において取得。1983年アリストテレス・テッサロニキ大学英語版において奉神礼学で博士号を取得した。博士論文は「聖洗礼儀 - 歴史・神学・奉神礼の研究」。その間、1981年にはテッサロニキにあるビザンチン音楽学校から学位を取得している。

最初に奉職したラタキアにおいて、ラタキア府主教イオアンから、1979年輔祭叙聖1983年司祭叙聖の按手を受けた。1995年には、アンティオキア総主教庁聖シノドによって主教に選ばれ、叙聖された。2008年にはヨーロッパ府主教に選ばれて着座[1][2]

大学での教職としては、1981年からは、バラマンド大学付属ダマスコのイオアン研究所で奉神礼学の教授に就く。1988年から1991年、2001年から2005年の間は、神学研究所の学部長を務めた[2]。この間、修道院を指導してもいる。2001年から2005年までの間、レバノンにあるバラマンド我等の女宰修道院修道院長を務める。1993年から2005年までの間は、シリアにある聖ゲオルギオス修道院の修道院長も務めた。シリアにある女子修道院の設立にも携わっている[2]

2012年12月17日、アンティオキア総主教庁聖シノドによってアンティオキア総主教に選立[2]。2013年2月10日に着座式が執り行われた[3]

脚注[編集]

先代:
イグナティオス4世
アンティオキア総主教
2012年 - 現職
次代:
-