アルフリート・クルップ

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トーゴ大統領シルバヌス・オリンピオを案内するアルフリート・クルップ、1961年

アルフリート・クルップドイツ語:Alfried Krupp von Bohlen und Halbach、アルフリート・クルップ・フォン・ボーレン・ウント・ハルバッハ、1907年8月13日 - 1967年7月30日)は、クルップ家の第5代当主で、最後のクルップ財閥オーナーである。

略歴[編集]

1907年 クルップ財閥の第4代当主グスタフ・クルップ・フォン・ボーレン・ウント・ハルバッハとその妻ベルタ・クルップの長男として生まれる。

1936年 ベルリンオリンピックのヨット競技で銅メダルを獲得。

1937年 大学時代に知り合った離婚歴のある女性と結婚し一人息子のアーント・フォン・ボーレン・ウント・ハルバッハ英語版(1937-1986)をもうけるが、両親の猛反対に遭い、離婚。

1947年 ニュルンベルク継続裁判の一つであるクルップ裁判ドイツ語版英語版開始。

1948年 禁固12年・全財産没収の有罪判決を受ける。

1951年 2月3日、米軍の恩赦により釈放。財産とクルップ財閥の統治権も回復。(実質的な社の統治は1953年に入社したベルトールド・ベイツ英語版と共同で行った)

1952年 再婚。

1967年 肺癌により死亡。息子アーントは一切のクルップ社への経営関与はなく、クルップ姓を名乗ることはなかったことから、実質的にクルップ家は断絶した。

関連項目[編集]

出典[編集]

朝日新聞社「100人の20世紀 上巻」