アトラス (戦列艦・1782年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
アトラス
Atlas (1782) Glory (1788).jpg
艦歴
運用者 Royal Navy Ensign イギリス海軍 
建造 チャタム工廠
発注 1777年8月5日
起工 1777年10月1日
進水 1782年2月13日
その後 1821年解体
戦歴 サン・ドミンゴの海戦
性能諸元[1]
クラス デューク級
98門2等戦列艦
トン数 1950bm
全長 砲列甲板:177ft 6in(54.1m)
全幅 50ft (15.2m)
深さ 船倉:21ft 2in(6.5m)
推進 帆走(3本マストシップ
兵装 98門:
上砲列:12ポンド(5kg)砲30門
中砲列:18ポンド(8kg)砲30門
下砲列:32ポンド(15kg)砲28門
後甲板:12ポンド(5kg)砲8門
船首楼:12ポンド(5kg)砲2門

アトラス (HMS Atlas) はイギリス海軍の98門2等戦列艦

建造[編集]

アトラスはジョン・ウィリアムスによって設計され、1777年8月5日チャタム工廠に建造が発注された。この船の竜骨は1777年10月1日に敷かれ、進水は1782年2月13日だった。全ての艤装が完了したのは1782年3月30日だった。1779年4月までイズラエル・ポウノルがこの船の建造の責任者であり、その後ニコラス・フィリップスが引き継いだ。建造にかかった費用は艤装も含めて50,350ポンド7シリング4ペンスだった[2]

艦歴とエピソード[編集]

アトラスは1798年から1802年にかけてテオフィルス・ジョーンズ艦長のもとで任務に就いた[3]。 1802年には74門艦に格下げされた[4]

1806年2月6日にはサミュエル・ピム艦長のもと、サン・ドミンゴの海戦 (en) に参加した。アトラスは戦死者8名、負傷者11名の損害を出した。

1808年にはカディス沖でパービス提督の旗艦を務めた。アトラスはフランスの砲台と何度も交戦し、合計で死傷者を50人ほど出した。また、この船はカタリナ要塞の破壊の任を帯びていた[5]

1813年12月から翌年1月にかけてアトラスはポーツマス監獄船への再艤装を受けた。その後、1814年10月に余剰弾薬を保管する火薬庫への改造が決定され、この作業は1815年1月に終わった[1]

この船は最終的に1821年に解体された。

脚注[編集]

  1. ^ a b Lavery, Ships of the Line, vol. 1, p. 179.
  2. ^ Winfield, Rif s. 24
  3. ^ The United Service Magazine. (1836). pp. 95–6. https://books.google.com/books?id=7fUbAQAAIAAJ&pg=PA95 2014年7月6日閲覧。 
  4. ^ Winfield, Rif (2007). British Warships in the Age of Sail 1714-1792: Design, Construction, Careers and Fates. Barnsley, S. Yorkshire: Seaforth. pp. location 2040 of 22457. ISBN 9781-844157006 
  5. ^ http://www.ageofnelson.org/MichaelPhillips/info.php?ref=0246

参考文献[編集]

  • Lavery, Brian (2003) The Ship of the Line - Volume 1: The development of the battlefleet 1650-1850. Conway Maritime Press. 0-85177-252-8.
  • Winfield, Rif (2007). British Warships of the Age of Sail 1793–1817: Design, Construction, Careers and Fates. Seaforth. ISBN 1-86176-246-1 

関連項目[編集]