王家の谷

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王家の谷
王家の谷

王家の谷(おうけのたに)は、エジプトテーベ(現ルクソール)のナイル川西岸にある岩山の谷にある岩窟墓群のこと。古代エジプトの新王国時代の王たちのが集中していることからこの名があり、24の王墓を含む64の墓が発見されている。

西の谷と東の谷があり、東の谷に60、西の谷に4の墓がある。

概要

新王国時代以前の王の墓の多くが盗掘に遭っていたことから、トトメス1世によって初めて自分の墓のありかを隠す目的でこの谷に初めて岩窟墓が建設された。

その後の長い歴史の中で王家の谷にある墓の多くも盗掘を受けたが、1922年に発掘されたツタンカーメン(トゥトアンクアメン)王の墓は唯一ほぼ未盗掘で、副葬品の財宝がほぼ完全な形で発見された。

墓にはKV1~KV64という名前がつけられている。KVはKings Valleyの頭字語、数値は発見順の連番である。ただし西の谷の墓はWVで始まり、WV22~WV25となっている。

2014年、ミイラ約50体が埋葬された共同墓地が新たに発見された[1]

発見された主な王墓

など

Panorama of the valley, looking north

参考文献

関連項目

外部リンク