徐質

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Family27390 (会話 | 投稿記録) による 2022年11月30日 (水) 10:37個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎概要)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

徐 質(じょ しつ、? - 254年)は、三国時代の武将。に仕えた

概要

蜀漢姜維北伐を開始した時、討蜀護軍に任じられて郭淮陳泰に従った。

249年、蜀将姜維が麹山に2つの城を築き、蜀の牙門将句安・李歆に守らせた。徐質は鄧艾と共に陳泰の士気のもと2つの城を包囲し、兵糧攻めにして2将を降伏させた。[1]

254年、再度の北伐を敢行した姜維を迎撃し、麻痺症で病んでいた蜀の張嶷と交戦して討ち取ったが、張嶷軍の倍する被害を受けてしまった[2]。痛手を受けた所に姜維の反撃を受けて襄武で包囲され大敗し、戦没した[3]狄道の戦い)。

脚注

  1. ^ 魏志陳羣伝付 陳泰伝
  2. ^ 蜀志』張嶷伝
  3. ^ 『蜀志』姜維伝