基兄王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Ihimutefu (会話 | 投稿記録) による 2014年6月16日 (月) 14:22個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎参考文献)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

基兄王(もとえおう、天長元年(824年) - 元慶5年11月22日881年12月16日))は、平安時代初期から前期にかけての皇族。名は基枝王とも記される。桓武天皇の孫。三品葛井親王の長男。官位正四位下大蔵卿

経歴

承和11年(844年従四位下に直叙され、翌年宮内大輔に任ぜられる。承和14年(847年民部大輔に転任する。

文徳朝では、斉衡3年(856年)従四位上に叙せられるが、文徳朝末の天安元年(857年山城守に任ぜられ、地方官に転じる。

その後、清和朝にて散位を経て民部大輔を務めた後、貞観7年(865年)正月に安芸守に任ぜられる。しかし、間もなく母親の死去に伴い一旦辞任し、同年5月に再任されている。貞観11年(869年)に安芸守の任期を終えた後は、弾正大弼刑部卿・大蔵卿と清和朝後半から陽成朝にかけて京官を歴任し、貞観16年(874年)には正四位下に叙せられている。

元慶5年(881年)11月22日卒去享年58。最終官位は大蔵卿正四位下。

官歴

六国史』による。

参考文献