佐々木泰清
時代 | 鎌倉時代前期 |
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生誕 | 不明 |
死没 | 1287年8月8日(弘安10年6月28日) |
改名 | 隠岐次郎 |
官位 | 左衛門尉、信濃守 |
幕府 | 鎌倉幕府 六波羅探題評定衆 |
氏族 | 佐々木氏 |
父母 | 父:佐々木義清、母:大庭景親の娘 |
兄弟 | 政義、泰清 |
子 |
義重、時清、頼泰、義泰、茂清、基顕、 頼清、宗泰、義信、清村、清賀 |
佐々木 泰清(ささき やすきよ)は、鎌倉時代前期の武将。鎌倉幕府の御家人。佐々木義清の次男。通称は隠岐次郎。官位は左衛門少尉、信濃守など。隠岐・出雲両国の守護職。
来歴
兄政義が無断で出家し、職掌・所領を没収されたため、兄の跡式である出雲・隠岐2国の守護を継承した。有力御家人との関係を築き、自らも六波羅探題評定衆に列せられた。官位は検非違使、次いで従五位下に叙爵され大夫判官、信濃守に補任された。
家族
- 兄 政義
参考文献
関連項目
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