佐々木泰清

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
佐々木泰清
時代 鎌倉時代前期
生誕 不明
死没 1287年8月8日弘安10年6月28日
改名 隠岐次郎
官位 左衛門尉信濃
幕府 鎌倉幕府 六波羅探題評定衆
氏族 佐々木氏
父母 父:佐々木義清、母:大庭景親の娘
兄弟 政義泰清
義重時清頼泰義泰茂清基顕
頼清宗泰義信清村清賀

佐々木 泰清(ささき やすきよ)は、鎌倉時代前期の武将。鎌倉幕府御家人佐々木義清の次男。通称は隠岐次郎。官位は左衛門少尉信濃守など。隠岐出雲両国の守護職

来歴[編集]

花輪違(七宝に花角)

政義が無断で出家し、職掌・所領を没収されたため、兄の跡式である出雲隠岐2国の守護を継承した。有力御家人との関係を築き、自らも六波羅探題評定衆に列せられた。官位は検非違使、次いで従五位下に叙爵され大夫判官、信濃守に補任された。

1287年8月8日弘安10年6月28日)逝去。

家族[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

先代:
佐々木政義
隠岐・出雲 両国守護職
1248年 - 1278年
次代:
塩冶頼泰