フォンテーヌブロー条約 (1611年)

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フォンテーヌブロー条約(1611年)
署名 1611年4月30日
署名場所 フォンテーヌブロー
締約国 スペイン・ハプスブルク家ブルボン家
主な内容 スペインのアストゥリアス公フェリペとフランス王ルイ13世の妹エリザベートが婚約
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フォンテーヌブロー条約(フォンテーヌブローじょうやく、スペイン語: Tratado de Fontainebleau, : Traité de Fontainebleau)は、1611年4月30日に締結された、スペイン・ハプスブルク家ブルボン家の間の条約。

概要[編集]

条約により、スペインのアストゥリアス公フェリペとフランス王ルイ13世の妹エリザベートが婚約した。条約が締結された1611年時点ではフェリペ、ルイ、エリザベートの3人は全て10歳に満たなかった。

ローマ教皇パウルス5世トスカーナ大公コジモ2世の仲介で成立したこの条約はスペイン王フェリペ3世の駐仏大使イニゴ・デ・カルデナス(Íñigo de Cárdenas)とフランスの国務大臣ニコラ4世・ド・ヌフヴィル英語版の間で締結された[1]

1612年8月25日にはルーヴル宮殿で結婚の合意が締結された。持参金は50万金エスクードと定められ、さらにエリザベートが持参金の3分の1にあたる金額と、5万エスクードの価値がある宝石をもらうことも定められた[2]。またフェリペがフランス王位の継承権を、エリザベートがスペイン王位の継承権をそれぞれ放棄することも定められた。2人は正式に結婚した1615年の10月[3][4]に継承権を正式に放棄した。

脚注[編集]

  1. ^ Acuerdo matrimonial, Fontainebleau, 30 de abril de 1611.
  2. ^ Capitulaciones matrimoniales, París, 25 de agosto de 1612.
  3. ^ Renuncia de Ana de Austria a la corona de España, Burgos, 16 de octubre de 1615.
  4. ^ Renuncia de Isabel de Borbón a la corona de Francia, Burgos, 19 de octubre de 1615.