TsD-30

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TsD-30
RP-21MA Hu Szolnok 1.jpg
RP-21MAレーダー。
種別 火器管制レーダー
開発・運用史
開発国 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
就役年 1960年
送信機
周波数 X (I/J)バンド
アンテナ
形式 逆カセグレン型
方位角 +/- 30度
仰俯角 +/- 10度
探知性能
探知距離 20km(探知; 対爆撃機)
13km(探知; 対戦闘機)

TsD-30ロシア語: ЦД-30、ツェデー・トリーッツァチ)は、ソビエト連邦第1設計局(OKB-1)によって開発されたマルチモードの火器管制レーダーSu-9に搭載されたものはRP-9РП-9)、MiG-21迎撃戦闘機型やMiG-23の初期型・輸出型に搭載されたものはRP-21 「サプフィール」РП-21 «Сапфи́р»)として、それぞれ制式化された。北大西洋条約機構(NATO)は、スピン・スキャンというNATOコードネームを付与している。

来歴[編集]

1950年代後半、ソ連では、スホーイ設計局による新しい迎撃戦闘機の開発が進められていた。のちにSu-9として知られるようになるこの機体は、1958年の時点では、試作機としてT-43と呼ばれていたが、このときのソ連には、T-43に搭載するに足る火器管制レーダーが存在しなかった。当時ソ連でレーダー開発を行っていた唯一の機関であった第17モスクワ科学試験研究所(NII-17)では、新しいレーダー・ステーションである「ウラガーン」(Ураган)と「パンテーラ」(Пантера)の開発を進めていたが、それらの計画は遅々として進まなかった。

そこにきて、軍事産業省(MOP)ロシア語版第1設計局(OKB-1)で新たなレーダー・ステーションの開発が行われていることが明らかになった。有翼の空対地ミサイルのシステムに関する研究の中心であったこの設計局では、主任の A・A・コーロソフ(А. А. Колосов)を中心に開発がすすめられた。これにより、十分にコンパクトなレーダー・ステーションとして完成されたのが、TsD-30である。

RP-9[編集]

TsD-30には、ピョートル・グルーシンロシア語版の率いる航空産業省(MAP)ロシア語版第2設計局(OKB-2)ロシア語版で開発されたK-5空対空ミサイルの運用能力が確保されていた。また、TsD-30は「ヴォーズドゥフ-1」(«Во́здух-1»)自動誘導装置を搭載し、この装置は低高度目標への攻撃能力を大幅に高める役割を担った。

発信部と受信部を統合するシステムが開発され、このレーダー・ステーションの寸法はT-43の可動式ノーズコーンに無理なく収納できるものとなった。この派生型のおかげで、1957年までにソ連で制式武装に採用された空対空誘導ミサイルは唯一K-5だけであると言われた。その後、改良型のK-5Mや1957年10月にMiG-19PMにおける検査試験を成功裏に完了したK-5MSがTsD-30の主要運用兵装とされた。のちに、K-5はRS-1U、K-5MはRS-2U、K-5MSはRS-2USとして、それぞれ制式化された。 NATO からは、AA-1 アルカリというコードネームが付与された。

1960年10月、Su-9がソ連防空軍に制式採用されるのに伴って、搭載されるTsD-30T(ЦД-30Т)はRP-9UРП-9У)として制式化された。また、のちには改良型のTsD-30TP(ЦД-30ТП)がRP-9UKРП-9УК)として制式化された。

RP-21[編集]

一方、これらの防空軍における状況とは別に、ソ連空軍は、前線戦闘機として1959年よりMiG-21Fシリーズの運用を開始していた。MiG-21FシリーズはMiG-21の第1世代にあたるもので、比較的簡素なSRD-5Mレーダーしか備えておらず、基本的には昼間戦闘機であった。

しかし1950年代後半から1960年代にかけての時期、戦闘機に全天候能力は必須であると考えられるようになりつつあった。これを受けてミコヤーン・グレーヴィチ記念設計局は、MiG-21にTsD-30シリーズを搭載することを検討しはじめた。まずテストベッドとしてYe-7が試作され、続いて全規模試作機としてMiG-21F-13をもとにMiG-21P-13が設計された。これらの成果を踏まえて、最終的には操縦席後方に膨らみを設けて燃料搭載量を補ったMiG-21PFが初の量産型となった。

MiG-21P/PFの搭載したレーダーは、RP-9UKと同じTsD-30TPであり、これは間もなくRP-21UРП-21У)として制式化された。TsD-30TP/RP-21Uは、戦闘機大の目標に対する最大捜索距離は 20 km、捕捉距離は 10 km であるとされていたが、実運用においては、それぞれ 13 km と 7 km に短縮した。動作モードとしては、捜索、捕捉、追尾、照準の4つがある。運用される武装は、当初はSRD-5Mと同様に、赤外線ホーミング式のK-13A空対空ミサイル(制式名: R-3S、NATO名: AA-2A)のみであったが、のちに就役した改良型のTsD-30TK(制式名: RP-21M、NATO名: スピン・スキャンB)では、さらにセミアクティブ・レーダー・ホーミング(SARH)式のK-13R(制式名: R-3R、NATO名: AA-2B)とK-5が追加された。なお、TsD-30TK/RP-21Mの輸出版としてRP-21MAワルシャワ条約機構諸国向け)およびRP-21ML(それ以外)がある。

TsD-30/RP-21シリーズは、第1世代のMiG-21(MiG-21Fシリーズ)で搭載されていたSRD-5Mレーダーと比べると、探知距離など性能面ではあらゆる面で向上していた。しかしながら、MiG-21の狭隘なノーズコーンによる制約により、その性能を十分に発揮することは難しかった。第3世代のMiG-21であるMiG-21S以降においては、より先進的なRP-22によって代替されている。また、後継機種のMiG-23においては、さらに性能を向上させたRP-23が搭載されているが、輸出版の一部では、RP-21が搭載された。

参考文献[編集]

  • 『世界の傑作機No.76 1999-5 MiG-21 "フィッシュベッド"』 文林堂1999年。ISBN4-89319-073-3。
  • 世界の傑作機 No.85 スホーイSu-7/-17“フィッター”』文林堂:Su-7との比較に関してなど。
  • 『世界の傑作機 No.120 スホーイSu-15“フラゴン”』文林堂:初めのSu-9、Su-9/11/15シリーズ全般。
  • 『週間ワールド・エアクラフト』第188号、デアゴスティーニ・ジャパン:Su-9/11/15シリーズ全般。

関連項目[編集]

  • AN/APQ-153 - アメリカの同級機。本機とほぼ同等の性能を備えており、F-5E戦闘機に搭載された。