A・A・アルハーンゲリスキイ記念試作設計局

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Anothercat (会話 | 投稿記録) による 2019年10月20日 (日) 13:28個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (→‎関連項目)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

A・A・アルハーンゲリスキイ記念試作設計局(アルハンゲリスキー;ロシア語:АрхангельскийアルハーンギェリスキイОпытное конструкторское бюро имени А.А. Архангельскогоオープィトナヤ・カンストルークタルスカヤ・ビュロー・イーミェニ・アリクサーンドラ・アリクサーンドラヴィチャ・アルハーンゲリスカヴァ;略称:ОКБ Архангельского)は、ソ連航空機試作設計局である。ソ連軍主力爆撃機となったSBを開発した実績をもつアレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・アルハーンゲリスキイ(Александр Александрович Архангельский)が開設した。

概要

A・A・アルハーンゲリスキイは、それまでツポレフ設計局において航空機の設計作業に従事していた。彼はそこにおいてSBシリーズを開発し、大いなる成功を収めた。1940年には独立して自身の設計局を開設し、いくつかのSBの発展型を設計した。その中でも、急降下爆撃機として設計されたAr-2は優れた性能をもつ新型機としてテストパイロットから高い評価を得た。しかしながら、政治的な理由によりこの機体は大量には生産されず、かわりにペトリャコフ設計局Pe-2赤軍空軍の主力急降下爆撃機に採用された。アルハーンゲリスキイ設計局は結局もとのツポレフ設計局に吸収され、アルハーンゲリスキイは再びそこでの仕事に戻った。

航空機

関連項目