Autocode

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Autocode は、1950年代から1960年代にかけて、マンチェスター大学ケンブリッジ大学で使われた各種コンピュータ上で使われた高水準言語の総称である。

最初の Autocode は1952年、Manchester Mark I 向けに Alick Glence が開発したもので、世界初のコンパイラとされることもある[1]

2つ目の Autocode は1954年、Mark I 向けに R. A. Brooker が開発したもので、"Mark I Autocode" と呼ばれた。

Brooker はまたマンチェスター大学と共同で1950年代に Ferranti Mercury 向けの Autocode を開発した。Mercury Autocode では、変数が a から z までと a' から z' までの52種類しかなく、ある意味で後に登場した初期のダートマスBASIC言語にも似ている。ALGOL以前の言語であり、スタックの概念がなく、従って再帰も配列の動的確保もなかった。Mercury の記憶容量は小さかったため、大きなプログラムは "chapter" に分けられ、オーバーレイを使って動作させた。chapter 間の制御の受け渡しには時間がかかるため、性能を上げるには特殊な技能を必要とした。このようなオーバーレイ技法は、仮想記憶が実現されるまで他のマシンでも広く活用された。Mercury Autocode とは若干異なる方言が Ferranti Atlas にも実装された。Atlas 向けには別に ALGOL 風の Autocode も後に開発された(Atlas Autocode)。他に ICT 1300 シリーズや ICT 1900 シリーズ向けの Autocode も開発されている。

EDSAC 2 用の Autocode は1961年、ケンブリッジ大学数学研究所の D.F. Hartley が開発した。これはALGOL風の構文で、科学技術計算向けに最適化されていた。後継となる Titan(Atlas 2 のプロトタイプ)にもこの Autocode が実装された。

脚注[編集]

  1. ^ Knuth, Donald E.; Pardo, Luis Trabb, “Early development of programming languages”, Encyclopedia of Computer Science and Technology (Marcel Dekker) 7: 419–493 

参考文献[編集]

  • Campbell-Kelly, Martin (1980年4月). “Programming the Mark I: Early Programming Activity at the University of Manchester”. Annals of the History of Computing (IEEE) 2 (2): 130–167. 

外部リンク[編集]