馬本齋
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馬本齋(ば ほんせい、1902年 -1944年2月7日)中国直隷省(現河北省)献県の人、原名守清。回族。抗日英雄。
馬本齋は、東北陸軍講武堂を卒業する。かつて東北軍中団長を任されていた。満州事変の後で、蒋介石の不抵抗政策を不満に思って、毅然として官を捨てて故郷へ帰る。抗日戦争が全面的に爆発した後に、「回民義勇隊」を組織し、日本軍に抵抗して反撃を加えた。1938年部下を率いて八路軍に参加して、同年中国共産党に参加する。回民教導総隊総隊長、冀中回民支隊司令員、冀魯豫軍区第3軍分区兼回民支隊司令員を歴任し、部下を率いて冀中ならびに冀魯豫の平原を転戦する。回民支隊隊は晋察冀辺区の司令員の呂正操に管轄されていた。
1944年、部隊は延安に行くよう命令を受け、その途中、頭部の「砍頭瘡」のために病死した。
映画:1959年中国八一電影製作、「回民支隊」 監督李俊、馬本齋は里波が演じた。

