コンテンツにスキップ

質屋蔵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

質屋蔵(しちやぐら)は古典落語の一つ。元々は上方落語の演目で、東京に移入された時期は不明。三代目桂米朝六代目三遊亭圓生が得意とする。「質屋庫」の標記も見られる。

あらすじ[1]

[編集]

発端

[編集]

とある質屋の三番蔵に夜な夜なお化けが出るという噂を、その質屋の旦那が銭湯に行った際にふと耳にする。

それが本当かどうかは分からないが店の信用にかかわる問題だと、旦那は番頭に今夜どんなお化けが出るかを見極めてもらいたいと命じる。

ところがこの番頭、大のお化け嫌い。そんなことさせられるくらいなら暇を頂戴する(退職する)と言い出してしまう。

お化けの正体

[編集]

旦那はお化けの正体を「質に取った品物の気」であろうと推測する。

というのも、蔵に眠っている質物のほとんどが、長屋のかみさん連中が亭主の酒代や御飯のおかず代など普段の生活費を切り詰め、苦心惨憺してためたへそくりで買ったもの。

それをわずかな金のために質入れして請け出せないか運悪く流してしまえば、やはり恨みが質屋へ向くのはやむを得ないからである。

(ここで長屋の女性が、苦労して買った帯を質に入れ、請け出す都合がつかないままに病にかかり、「憎いはあの質屋」という念がこもったまま死ぬ、というたとえ話を、旦那が番頭に延々と聞かせる)

助っ人を呼ぼう

[編集]

しかし、それでも気味が悪いのはどうしようもない。

そこで旦那、誰か助っ人を頼んで一緒に張り番をしてもらったらと番頭に提案する。

番頭が推薦したのは出入り職人の熊五郎

旦那も普段から威勢のいい事を言い、また、何かというと体中の彫り物自慢をする熊さんならと太鼓判。

そこで小僧定吉を使いにやろうと呼びつけると、定吉、開口一番「三番蔵のことですか?」

どうやら立ち聞きをしていた様子。

旦那は普段からおしゃべりな定吉をきつく叱り、緘口令を言い渡して使いに出す。

定吉の鬱憤晴らし

[編集]

定吉は普段から「おしゃべりだ。おしゃべりだ」と小言を言われ続けているようで、どこかで鬱憤晴らしをしてやろうと思っていたのだが、どうやら今がそのときだと思ったらしい。

熊五郎の家について、旦那が用があるから急いでくるようにと言うついでに、早く行かないと店をしくじる(出入り禁止になる)と付け加える。

その口ぶりから「旦那、怒ってるのか?」と熊五郎が尋ねると、「カンカンになって怒ってる」と、事実を省略して話す定吉。

熊五郎、旦那の怒っている理由を聞き出そうとするのだが、定吉は「タダじゃ嫌だ」と足元を見る。

ならば好きなものを買ってやると言う熊五郎に定吉、

芋羊羹(もしくは焼き栗)が食べたい」

「売ってたら買ってやる」

「後ろで売ってる」

実は定吉、あらかじめ見当をつけていた。

熊五郎が小さいのを一本買おうとすると、定吉は大きいのを二本買えと言い出す。

熊五郎が

「そんなには食えないだろうが」

と言うと、定吉、

「一本は普段世話になってる○○どん(先輩の小僧)にやるの」

「お前、人のもので義理しなくていいの」

とはいうものの、やむなく大きいのを二本買って定吉に喋らせる熊五郎。

ところが定吉は断片的にしか覚えてなく、何がなんだかさっぱり分からず仕舞い。

挙句の果てに定吉はとっとと先に帰ってしまう。

熊五郎の悪行(その1)

[編集]

一杯食わされた格好の熊五郎だが、定吉の言った「酒」「おかず」というフレーズに何か引っかかるものがあったらしく、

「あの事がばれたんだ!!」

早速店へ飛ぶようにやってくると、旦那はイライラ。

実はこれ、熊五郎が遅く来たからなのだが、早合点している熊五郎は言い訳をし始める。

ある日、喉が渇いてお勝手へ水を飲みに行こうとしたとき、片口の中にがなみなみと入っているのを見つける。

側で働いていた女中のお清に訊いてみると座敷から下がってきた燗冷ましの酒で、捨てるか糠味噌の中に少しずつ入れる以外使い道がないと言う。

ならば自分が貰ってもかまわないだろうと思い、お清に断って片口ごと貰って帰り、飲んでみると燗冷ましでありながら普段のより大層美味で、喜んで飲んでいるうちに二日ばかりでなくなってしまう。

翌日、女房に「もう一度ああいううまい酒が飲んでみたい」と言うと、女房、

「だったら貰ってくれば?」

「自分が飲むから酒をくれとは言いにくい」

「断るからいけないの。黙って貰って来ちゃえばいいじゃない」

「そんなことできるのか?」

「あたしにまかしといて」

すると、どういう伝を頼ったのか女房が酒を貰ってきてくれたので、燗をして飲んでみたらなおさら美味かった。

それからもちょくちょく貰っていたらしいのだが、あるとき蔵に酒樽が山のように積まれているのを見てお清に理由を訊くと、酒好きの旦那のためにいつもこのくらい用意してあるのだとか。

しかし、いくら酒好きとはいえいっぺんにこんなには飲めるわけもなく、時がたてば味が落ちてしまうだろうし、こっちもちびちび貰うよりもいっぺんに貰ってしまったほうが手っ取り早いと大八車を引っ張ってきて5~6樽もって帰ってしまったのであった。

熊五郎の悪行(その2)

[編集]

これを聞いた旦那、全く知らなかったので「その酒、いまだに探してるよ」というと、熊五郎、また言い訳をし始める。

ある日、御勝手で簡単な普請をしていると、お清がどうもこの辺が片付かないとぼやいているので、熊五郎がすっかり片付けてしまう。

すると、お礼に今夜のおかずにでもと沢庵を二本、荒縄で絡げて渡してくれた。

持って帰って食べてみると、これが普段のより大層美味。

こういう美味い沢庵なら他におかずはいらないと、二日ばかりで平らげてしまう。

翌日……(以下、悪行1と同工異曲)

熊五郎の悪行(その……)、そして蔵へ

[編集]

これも知らなかったという旦那。すると熊五郎、「じゃ、味噌のことで……」

呆れる旦那。

「そんなこと他の店でやると、手が後ろへ回る(捕縛される)よ」

「大丈夫。何か持ち出すのは旦那の家だけですから」

「勝手に決めるな」

まあ、それはそれこれはこれと、話を進めることにする。

「熊さん、強いんだってね」と言う旦那に、彫り物自慢を始める熊五郎。

そこで、早速例の話を持ちかける。すると、途端に熊五郎の態度ががらっと変わってしまう。

そう、人間相手なら腕っぷしの強い熊五郎もまた、化け物や幽霊といった類は苦手だったのだ。

いまさら帰ることも許されず、そのまま時は過ぎてただいまの時刻で夜の十二時時分、いきなり蔵へ入るのも気味悪かろうからと蔵の手前にある離れで、番頭と二人で番をしろと言う旦那。

お清がこさえてくれた夜食の膳を熊五郎が持ち、手燭の明かりを番頭が持ってこわごわ移動する。

気付けに飲もうという熊五郎だが、番頭は酒が飲めない。やむなく一人、側にあった大きな湯飲みで飲み始めるが、恐怖で感覚が麻痺していて酒の味がさっぱり分からなくなっていた。

「飲めないんだったら、膳の上のものどんどん片付けちゃったほうがいいよ。ことによるとこれがこの世の食いおさめになるかも」

「何でそんな事言うの」

番頭は熊五郎にお願いがあるという。何だと訊くと、びっくりして腰を抜かしちゃうからお化けが出てもいっぺんに「出た!」と言わずに、「で~」で踏ん張って、番頭が逃げ切った頃に「た~」

「そんな事言えるか」

お化け登場、そして結末

[編集]

いよいよ草木も眠る丑三つ時、三番蔵の戸前が光ったかと思うと、ドカ~ン!という大きな物音。

出た~!

途端に二人とも腰を抜かしてしまう。

しかし、責任があるので蔵まで這って行き、戸前を開けると中で繰り広げられていたのは、

「かたや~、大紋、大紋~。こなた~、黒龍、黒龍~」

なんと、帯と羽織が相撲をとっているではないか。

実はこの二品の持ち主はある相撲取り。やはり旦那の言うとおり質物の気がお化けになったのだ。

その光景をしばらく無言で見つめていた熊五郎が、

「番頭さん、あれを御覧なさい」

指差すほうを番頭が見ると、藤原さんから質入れされた一幅の掛け軸が下がったかと思うと、中の菅原道真公が抜け出てきて

「そちがこの家の番頭か?」

「へへ~」

「藤原方に参り、とくと(急いで)利上げ(質入れ後に払う利息分の支払い)をせよと申し伝えよ。麿もどうやら、また流されそうだ」

(主人が腰を抜かした二人を叱咤し、みずから三番蔵の中をのぞくという演出もある)

サゲについて

[編集]

菅原道真は藤原時平の讒言によって大宰府へ左遷されてしまう。サゲはその故事と質流れをかけたものである。

脚注

[編集]
  1. ^ 桂歌丸師の口演を参考にし、複数の落語家のバリエーションを組み込む。