火の夜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
火の夜
Nuits de feu
監督 マルセル・レルビエ
脚本 マルセル・レルビエ
T・H・ロベール
原作 レフ・トルストイ
製作 シネ・アリアンス
出演者 ヴィクトル・フランサン
ガビ・モルレ
音楽 ジャン・ヴィエネル
撮影 アルマン・ティラール
ルイ・ネ
編集 ヴィクトル・ド・ファスト
配給 日本の旗 エムパイヤ商事
公開 フランスの旗 1937年1月15日
日本の旗 1937年
上映時間 98分
製作国 フランスの旗 フランス
言語 フランス語
テンプレートを表示

火の夜』(フランス語: Nuits de feu)は、1937年(昭和12年)製作・公開、マルセル・レルビエ監督によるフランスの長編劇映画である。

略歴・概要[編集]

1900年(明治33年)前後、ロシア帝国(現在のロシア)のレフ・トルストイが執筆し、死後発表された戯曲『生ける屍』を、マルセル・レルビエがT・H・ロベールらと共同で脚色し、映画化したものである。

日本での配給は、エムパイヤ商事合名会社が行った[1]

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

ストーリー[編集]

舞台は1904年(明治37年)、ロシアのサンクトペテルブルク。裁判所では、殺人事件に関する公判が開かれていた。被告は嫉妬に駆られて妻を殺した若い男、弁護士も若い青年セルジュ・イワノヴィッチ・ロストフ(ジョルジュ・リゴー)、検事はセルジュの恩師フェードル・アンドレイエフ(ヴィクトル・フランサン)である。

セルジュとフェードルは論戦をぶつけあったが、私生活では仲がよい。傍聴席にはフェードルの妻リザ(リザ・アンドレイエワ)がいる。この裁判はセルジュの初陣であり、リザも気になっているのである。そこでフェードルが耳にしたのは、裁判所の代理人ボビニーヌ(ガブリエル・シニョレ)が書記を相手にした噂話。セルジュとリザの間にある噂であった。被告への判決はシベリア送りの終身刑であった。

裁判を終えた後で、セルジュと妻を先に劇場にいってもらい、フェードルは被告の許を訪れた。被告は妻を殺したが愛していた、自分は余計者だったのだと嘆く。遅れて劇場にフェードルが到着する。フェードルの目には、セルジュと妻が非常に親しいものに映った。その夜の演目はバレエ『火の夜』であった。バレエが終わり、ネヴァ川のほとりに馬車を止め、散歩し始める3人。フェードルは突然、セルジュに激しい言葉を浴びせかけてしまう。セルジュと妻は馬車に戻り、フェードルはジプシー(ロマ)の酒場へ行き、遺書を書き、自殺を図る。それを止めたのが、ジプシーの娘マーシャ(マドレーヌ・ロバンソン)であった。

翌朝、ネヴァ川に、フェードルのコートと遺書が見つかり、死体があがる。フェドール・アンドレイエフは死んだものとみなされた。リザは未亡人となり、夫を思いながらつらい日々を送る。1年が経ち、警察は、自殺ではなく、リザをフェードル殺しの犯人であると断定した。

ロシア軍の最前線にある勇敢な兵士がいた。「ピョートル・イグナトフ」と名乗るその兵士は、リザという女が夫殺しの罪で裁判中であることを知る。「ピョートル」の正体は、死んだはずのフェドール・アンドレイエフであった。

サンクトペテルブルクでの裁判では、フェードルが亡くなった最後の夜に、3人を乗せた馬車の御者が証言をし、リザは有罪が決定的な情勢となっていた。すでに昇進していたボビニーヌが刑を宣告しようとするそのとき、法廷に兵士「ピョートル・イグナトフ」が現れる。「ピョートル」は自らのすべてを法廷で語る。この証言により、告訴は却下され、リザは冤罪から放免される。フェードルは再び「ピョートル」として戦地に戻る。リザはいつまでも待つと彼に伝えるのである。

関連事項[編集]

[編集]

  1. ^ 火の夜、キネマ旬報、2009年12月9日閲覧。

外部リンク[編集]