歩 協(ほ きょう、生没年不詳)は、三国時代の呉の武将。歩隲の長男で、弟に歩闡がいる。歩璣・歩璿の父。
父の死後、後を継いで戦功を立て、最終的には撫軍将軍に昇進している。蜀の滅亡に乗じて永安に攻め寄せたが羅憲の前に大敗、その後暫くして亡くなった。なお歩協の二人の子は、歩闡の謀反の際に人質として洛陽に送られたため、結果的に歩闡敗北後の一族皆殺しを免れることになった。