杉原周一

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杉原 周一(すぎはら しゅういち、1907年5月7日 - 1972年6月21日)は、日本経営者工学博士。東陶機器(現在のTOTO)社長を務めた。

経歴[編集]

大分県大分市出身[1]1931年東京帝国大学工学部機械工学科を卒業[1]

三菱重工業での勤務を経て、1948年5月に東洋陶器に転じ、専務、副社長を経て、1967年7月に社長に就任[1]

1972年6月21日脳卒中のために死去[2]。65歳没。

脚注[編集]

  1. ^ a b c 人事興信所 1971, す48頁.
  2. ^ 1972年 6月21日 読売新聞 夕刊 p9

参考文献[編集]

  • 人事興信所 編『人事興信録 第26版 上』人事興信所、1971年。 
先代
鮎川武雄
東陶機器社長
1967年 - 1972年
次代
黒河隼人