大宅麻呂

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大宅 麻呂 (おおやけ の まろ、生没年不詳)は、飛鳥時代貴族朝臣冠位は直広肆・鋳銭司

出自[編集]

大宅氏和珥氏の後裔とされる皇別氏族。氏の呼称は、和珥氏の本拠地であった大和国添上郡大宅郷(奈良市古市町)の地名にに由来する[1]

経歴[編集]

持統天皇3年(689年竹田王土師根麻呂藤原不比等当麻桜井穂積山守中臣意美麻呂巨勢多益須大神安麻呂とともに判事に任ぜられる(この時の冠位は直広肆(従五位下相当))。持統天皇8年(694年台八嶋黄文本実とともに鋳銭司に任命された。

官歴[編集]

日本書紀』による。

脚注[編集]

  1. ^ 佐伯[1994: 120]

参考文献[編集]