十常侍

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十常侍(じゅうじょうじ)とは、中国後漢末期の霊帝の時代に専権を振るった宦官の集団。

[編集] 概要

後漢書』によれば

の12名の中常侍を指すが、概数をもって十常侍と呼ばれたのだという。『三国志演義』においては、

の10名を十常侍とする。

十常侍は霊帝に寵愛され、絶大な権勢を振るった。彼等の親族の多くが地方官に取り立てられ、至る所で人民を貪欲に搾取した。彼らを君側の奸と見なし、その横暴に漢王室の将来を憂う者もいたが、そのような者は十常侍により乱心者として処罰されるか見てみぬふりをせねばならなかった。

しかし、黄巾の乱以後台頭した何進が十常侍と対立。何進が十常侍の何名かを殺害すると、彼らは何太后を利用して何進を罠にはめ殺害するが、何進殺害に激怒した部下の袁紹により残党も残らず殺害された。そのとき、十常侍は皇帝の劉弁劉協も一緒に連れて逃げるが追手がせまり逃げ切れないと判断し川に飛び込んだ。直後に二人を保護した董卓が十常侍に代わり権力を握るようになるのである。

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