三宅 重利(みやけ しげとし、1580年 - 寛永14年11月14日(1637年12月30日))は、安土桃山時代から江戸時代の武将。肥前唐津藩士。天草富岡城代。通称は藤兵衛。
父は明智秀満で母は明智光秀の養女(娘とも)の革手(倫子)。明智光秀の家臣。子に三宅主利。
天正10年(1582年)、本能寺の変の時は勝竜寺城の留守居役だったが、同年の山崎の戦い後に細川家に保護される。のちに細川家を辞去し、唐津藩(寺沢家)2代藩主寺沢堅高に仕える。
もとはキリシタンだったが棄教し、島原の乱では、寛永10年(1637年)、富岡城代として天草四郎率いる一揆軍と幕府方として戦い戦死した。