ロタール2世

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ロタール2世(Lothar II, 835年 - 869年8月8日)は、中部フランク王国の国王ロタール1世の次男であり、中部フランク王国から分裂したロタリンギアの王(在位:855年 - 869年)である。

855年にアルル伯ボソの娘テウトベルガと結婚。しかし正妻のテウトベルガとの間に子供を得られなかったので、彼女に近親者との不義密通を告白させて、これと離縁し、愛妾のワルラーダと結婚しようと企てたが、ローマ教皇ニコラウス1世らの反対に遭い果たせなかった。

庶子のみを残して亡くなり、その死はメルセン条約のきっかけとなった。

なお、ロタリンギア - フランス語でいうロレーヌ(Lorraine)、ドイツ語でいうロートリンゲン(Lothringen) - という地名は、ラテン語の「Lotharii Regnum」(ロタールの王国)から来ており、彼の名前に由来している。

子女[編集]

愛妾のワルラーダとの間に1男3女の庶子をもうけた。

  • ウーゴ(855年頃 - 895年) - アルザス公(867年 - 885年)
  • ギーゼラ(860年頃 - 908年) - フリースラント公ゴドフリドと結婚
  • ベルタ(863年頃 - 925年) - 1.アルル伯テオバルドと結婚、2.トスカーナ辺境伯アダルベルト2世と結婚
  • エルメンガルダ(? - 898年) - 聖ジャスティン修道院の修道女

関連項目[編集]

先代:
ロタール1世
ロタリンギア王
855年 - 869年
次代:
シャルル禿頭王