ロス・パンチョス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ロス・パンチョスLos Panchosまたは、Trío los Panchos)はラテン音楽のグループ。

概要[編集]

メキシコ人のアルフレッド・ヒル と、チューチョ・ナバロ、プエルトリコ人のエルナンド・アビレス によって、1944年に結成されたラテン音楽の楽団であり、1981年までは「トリオ・ロス・パンチョス(Trío Los Panchos)」と名乗っていた。

メキシコをはじめとする中南米諸国のみならず、アメリカ合衆国スペイン語話者の絶大なる人気を得ている。ただ、グループは存続しても、メンバーの交代がある。各ボーカルもギターを演奏する。ちなみにレキントギターrequinto guitarra)は小型のギターの一種 である。

メンバー[編集]

メンバーの推移[編集]

1944年から、1981年までの「トリオ・ロス・パンチョス」時代、第二ボーカルがチューチョ・ナバロ、レキントギターがアルフレード・ナバロという体勢であった。

1944年〜1951年
  • エルナンド・アビレス 
  • チューチョ・ナバロ 
  • アルフレード・ヒル


1951年〜1952年
ボリビア人のラウル・ショー・モレノが、1951年にトリオ・ロス・パンチョスのメンバーとなり、エルナンド・アビレスにかわり、1952年まで短期間第一ボーカルを担当した。
  • ラウル・ショー・モレノ 
  • チューチョ・ナバロ 
  • アルフレード・ヒル


1952年〜1956年
プエルトリコ人のフリト・ロドリゲスが、モレノの後を継ぎ、1952年から1956年まで、第一ボーカルを担当する。。
  • フリト・ロドリゲス 
  • チューチョ・ナバロ 
  • アルフレード・ヒル


1956年〜1958年
創業メンバーのアビレスが、ロドリゲスから引継ぎ第一ボーカルを担当する。
  • エルナンド・アビレス 
  • チューチョ・ナバロ 
  • アルフレード・ヒル


1958年〜1966年
プエルトリコ人のジョニー・アルビノが、1958年に第一ボーカルを、アビレスから引き継ぐ。
  • ジョニー・アルビノ 
  • チューチョ・ナバロ 
  • アルフレード・ヒル


1966年〜1971年
エンリケ・カセレスが、1966年に第一ボーカルを、アルビノから引き継ぐ。
  • エンリケ・カセレス 
  • チューチョ・ナバロ 
  • アルフレード・ヒル


1971年〜1976年
メキシコ人のオビディオ・エルナンデスが、1971年にカセレスから第一ボーカルを引き継ぐが、1976年に急死する。
  • エンリケ・カセレス 
  • チューチョ・ナバロ 
  • アルフレード・ヒル


1976年〜1981年
メキシコ人のラファエル・バスルト・ララが、逝去したエルナンデスの後の第一ボーカルを引き継ぐ。
  • ラファエル・バスルト・ララ 
  • チューチョ・ナバロ 
  • アルフレード・ヒル


1981年〜1993年
レキントギターを創始から担当していたアルフレード・ヒルが1981年に引退し、ロス・パンチョス Los Panchos に名前を変更、
  • ラファエル・バスルト・ララ 
  • チューチョ・ナバロ


1993年〜
チューチョ・ナバロが、第二ボーカルを現役で続けている最中の1993年に死去する。ラファエル・バスルト・ララが、La Voz de Los Panchos と名乗り活動する。

メンバーの一覧[編集]

  • アルフレード・ヒル Alfredo Gil (1915年8月5日~1999年10月10日) メキシコ人
  • チューチョ・ナバロ Chucho Navarro (1913年1月2日~1993年12月23日) メキシコ人
  • エルナンド・アビレス Hernando Avilés (1914年2月1日~1986年7月26日) プエルトリコ人
  • ラウル・ショー・モレノ Raúl Shaw Moreno (1923年11月3日~2003年4月14日) ボリビア人
  • フリト・ロドリゲス Julito Rodríguez (1927年11月3日~) プエルトリコ人
  • ジョニー・アルビノ Johnny Albino (1919年12月19日~) プエルトリコ人
  • エンレケ・カセレス Enrique Cáceres メキシコ人
  • オビディオ・エルナンデス Ovidio Hernández (1933年12月31日~1976年9月27日) メキシコ人
  • ラファエル・バスルト・ララ Rafael Basurto Lara (1941年4月15日~) メキシコ人

主なヒット曲[編集]

エピソード[編集]

1959年に初来日をし、その後も日本公演を多数行っている。また、1962年に日本のテレビコマーシャルに初めての外国人タレントとして出演する。また、日本公演のためのオリジナル曲に『その名はフジヤマ』がある。

外部リンク[編集]