レス・ダーシー
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | James Leslie Darcy |
| 通称 | The Maitland Wonder |
| 階級 | ミドル級 |
| 身長 | 168cm |
| リーチ | 180cm |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1895年10月31日 |
| 出身地 | ニューサウスウェールズ州 |
| 死没日 | 1917年5月24日(満21歳没) |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 50 |
| 勝ち | 46 |
| KO勝ち | 29 |
| 敗け | 2 |
| 引き分け | 2 |
レス・ダーシー(Les Darcy、本名:ジェームズ・レスリー・ダーシー、1895年10月31日 - 1917年5月24日)は、オーストラリア出身の元プロボクサー。ニューサウスウェールズ州出身。元オーストラリア公認世界ミドル級チャンピオン。将来を嘱望されながら早世した天才ボクサー。
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略歴 [編集]
鍛冶屋の徒弟をしていたが、15歳でプロ入り。その強打とシャープなボクシングで頭角を現し、1915年、19歳で技巧派の強豪ジェフ・スミスに2回反則勝ち、オーストラリア公認世界ミドル級チャンピオンとなった。元王者のエディ・マッグーティ、ミック・キング、ジョージ・チップらを相手に王座を8度防衛。
アメリカ合衆国のプロモーター、テックス・リカードがダーシーの強さに眼を付け、アメリカに呼び寄せようとしたが、折悪しく第一次世界大戦が勃発する。ダーシーの許にも召集令状が届くが、アメリカ進出を諦めきれないダーシーはこれを無視、貨物船でアメリカへ密入国した。しかし到着直後にアメリカ当局に拘束され、テネシー州軍に強制的に入隊させられた。事実上ボクシングのできない状態に追い込まれたダーシーは健康を損ね、極度の神経衰弱と発熱で死去した。
ボクシングの中心地アメリカで活躍できなかったため、マイナーな“世界王者”に終わったが、その素晴らしい戦績と、また早すぎた死を悼む念もあってか、ミドル級最強の王者の一人と評する識者もいる。アメリカのリングマガジン編集長であったナット・フライシャーは、ミドル級のオールタイム・ランキングでダーシーを第8位に挙げている。
通算戦績 [編集]
50戦46勝29KO2敗2引分け
参考文献 [編集]
- ゴング・ワールド・ボクシング 1982年2月号増刊「戦慄のミドル級」(日本スポーツ出版社)
- ボクシング・マガジン 1985年5月号増刊「世紀の一戦」(ベースボール・マガジン社)
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- レス・ダーシーの戦績 by BoxRec