ルーカス・リヒト

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ルーカス・リヒト Football pictogram.svg
名前
ラテン文字 Lucas Matías Licht
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
生年月日 1981年4月6日(33歳)
出身地 サンタフェ州,ロサリオ
身長 174cm
選手情報
在籍チーム アルゼンチンの旗 ラシン・クラブ
ポジション DF
背番号 25
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-2006
2006-2009
2009-
アルゼンチンの旗 ヒムナシア・ラ・プラタ
スペインの旗 ヘタフェCF
アルゼンチンの旗 ラシン・クラブ
128 (11)
70 (1)
2 (0)
代表歴
2010 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2010年2月6日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj


ルーカス・リヒトLucas Matías Licht1981年4月6日 - )は、アルゼンチンサンタフェ州ロサリオ出身のサッカー選手ラシン・クラブ所属。ポジションはDF(左サイドバック)。

経歴[編集]

ヒムナシア・ラ・プラタの下部組織で育ち、ミッドフィールダーとして2001年にデビューした。リヒトにはユダヤ系の先祖がおり、イスラエルリーグでは外国人扱いされないために、3年間に渡ってマッカビ・ハイファFCの獲得リストに載った[1]マッカビ・ネタニヤFCのトライアルを受けたが、クラブから契約は提示されず、もうひとつのイスラエルのクラブハポエル・イロニ・キリヤット・シュモナFCのトライアルを受けた後、アルゼンチンに戻ってヒムナシアでの最後のシーズンを過ごした[2]。クラウスーラ2006シーズンのCAインデペンディエンテ戦では40mもの距離から決勝点となるミドルシュートを決めた[3]

ヘタフェCF

2006年にリーガ・エスパニョーラヘタフェCFと4年契約を結び[4]、2006-07シーズンはハビエル・パレデスの控えとして8試合に出場したが、出場機会の少なさから母国に戻ることも考えていたという[5]。パレデスがレアル・サラゴサに引き抜かれると、ミカエル・ラウドルップ新監督の下、新加入のフランク・シニョリーノとのポジション争いを制し、疑いの余地のないレギュラーとなった。2007年12月22日、UDアルメリア戦で移籍後初得点を決めた。8試合に出場したUEFAカップは準決勝まで勝ち進み、コパ・デル・レイは2シーズン連続で決勝に進出するなど、クラブの歴史に残るシーズンとなった。

2008-09シーズンは29試合に出場したが、シーズン途中で監督が代わり、最終節まで残留が決まらないなど、前シーズンとは打って変わって試練のシーズンとなった。2009-10シーズンは開幕から1試合も出場せず、2008-09シーズン終盤から指揮を執っていたミチェル監督から余剰戦力扱いを受けたため、シーズン途中にヘタフェとの契約を解消した。

ラシン・クラブ

2009年12月13日に母国のラシン・クラブと3年契約を結んだ[6]

アルゼンチン代表

2010年2月4日、ジャマイカとの親善試合に向けた、国内組だけで構成されたアルゼンチン代表に招集された。試合には出場しなかった。

所属クラブ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ בנאדו: "מוכן להרוויח פחות, אבל להרגישBergerfreund, Doron、2004年6月1日
  2. ^ המסורת היהודיתBaram, Sagiv、2007年6月13日
  3. ^ Gimnasia le dio otro golpe a Independienteinfobae.com
  4. ^ Lucas Licht se va a jugar al GetafeTyC Sports.com、2006年7月17日
  5. ^ メッシを抑え、名を挙げたヘタフェのDFリヒトlivedoorスポーツ、2007年11月17日
  6. ^ Lucas Licht fue presentado como el primer refuerzo para 2010ラシン・クラブ公式サイト