ヨーゼフ・ビューラー
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ヨーゼフ・ビューラー(Josef Bühler、1904年2月16日‐1948年8月22日)は、ナチス・ドイツの政治家。ポーランド総督府の次官。ヴァンゼー会議の出席者の一人。
生涯 [編集]
バート・ヴァルトゼー(de:Bad Waldsee)にパン屋の12人の子供の一人として生まれる。家はカトリックだった。法学を学び、1932年に博士号を取得。国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)の法律アドバイザーのハンス・フランクの事務所で働く。後にニュルンベルク裁判で彼自身が証言したところによると1933年4月1日にナチ党員となったという。ミュンヘン裁判所の監督官となる。1935年に弁護士地区責任者となる。ハンス・フランクがポーランド総督府の長官に任じられるとその次官となった。
1942年1月20日にヴァンゼー会議にポーランド総督府の代表として出席。戦後、ニュルンベルク裁判でハンス・フランクの弁護側証人として出廷。しかしフランクは死刑となった。またビューラーもこの後、ポーランドへ引き渡され、ポーランドの裁判所から人道に対する罪で死刑を宣告された。クラクフで処刑された。
ヴァンゼー会議を扱った映画「謀議」(Conspiracy)ではベン・ダニエルス(en:Ben Daniels)がビューラーを演じた。