モハンマドレザー・アーレフ

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モハンマドレザー・アーレフ(ペルシア語: محمدرضا عارف‎、Mohammad-Reza Aref、1951年12月19日 - )は、イラン学者政治家。元第一副大統領、現シャリーフ工科大学教授、現公益判別会議議員[1]。改革派。

1951年ヤズド生まれ。テヘラン大学卒業、1980年アメリカスタンフォード大学電気工学博士号を取得し、同年帰国。1982年から1995年までエスファハーン工科大学で教鞭を執り、1994年から1997年までテヘラン大学総長、1995年から現在までシャリーフ工科大学教授をつとめている[2]

その一方で、ハータミー(同じヤズド州出身である)政権下で情報通信技術大臣(1997年 - 2000年)、第一副大統領(2001年 - 2005年)を歴任した。

2013年6月のイラン大統領選挙に立候補、監督者評議会により出馬を認められた[3]が、選挙戦終盤の6月10日、選挙戦からの撤退を明らかにした[4]

脚注[編集]

  1. ^ “イラン公益評議会議員の任命”. アヤトッラー・セイエド・アリー・ハーメネイー業績・作品研究所. (2012年3月14日). http://japanese.khamenei.ir/index.php?option=com_content&task=view&id=715&Itemid=35 2013年1月5日閲覧。 
  2. ^ Prof. Aref 's biography”. 2013年1月5日閲覧。
  3. ^ “Eight presidential candidates confirmed by Guardian Council”. Tehran Times. (2013年5月21日). http://www.tehrantimes.com/politics/107930-eight-presidential-candidates-confirmed-by-guardian-council 2013年5月23日閲覧。 
  4. ^ “イラン大統領選:元副大統領が選挙戦からの離脱表明”. 毎日新聞. (2013年6月11日). http://mainichi.jp/select/news/20130612k0000m030072000c.html 2013年6月14日閲覧。 

外部リンク[編集]

先代:
ハサン・エブラーヒーム・ハビービー
イランの旗イラン・イスラーム共和国
第一副大統領
2001年 - 2005年
次代:
パルヴィーズ・ダーヴーディー