ムスタンジド

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ムスタンジド(? - 1170年)は、アッバース朝の第32代カリフ(在位:1160年 - 1170年)。

第31代カリフ・ムクタフィーの子。1160年、父の死で跡を継いだ。税の軽減と悪法の取り消しを行ったが、私領地の特権を廃してハラージュ地に戻したために、国内のシーア派から恨みを買った。1170年に難病にかかると、重臣たちのクーデターによって風呂場で絞殺された。

ムスタンジドの時代に2人の人間が宰相(ワズィール)を務めた。治世の前半は父の時代からのワズィール、イブン・フバイラに国政について諮り、父の代から代わらぬ忠誠を称えた[1]。1165年にフバイラが没した後、ワーシトの監察官から宰相に抜擢したイブン・アルバラディーを重用した。政務の権限を委ねられたアルバラディーは強大な権力を持ったが、ムスタディーの即位に伴い処刑された。

脚注[編集]

  1. ^ イブン・アッティクタカー『アルファフリー―イスラームの君主論と諸王朝史』2巻(池田修、岡本久美子訳)、243-244頁

関連文献[編集]

  • 『岩波イスラーム辞典』(岩波書店、2002年2月) - アッバース朝の歴代カリフの系図が収録されている

参考文献[編集]

  • イブン・アッティクタカー『アルファフリー―イスラームの君主論と諸王朝史』2巻(池田修、岡本久美子訳、東洋文庫、平凡社、2004年9月)
先代:
ムクタフィー
アッバース朝
1160年 - 1170年
次代:
ムスタディー