マルクス・アエミリウス・レピドゥス (紀元前285年の執政官)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

マルクス・アエミリウス・レピドゥス
Marcus Aemilius Lepidus
出生 不明
死没 不明
出身階級 パトリキ
氏族 アエミリウス氏族
官職 執政官(紀元前285年)
テンプレートを表示

マルクス・アエミリウス・レピドゥスラテン語: Marcus Aemilius Lepidus、生没年不明)は紀元前3世紀初頭の共和政ローマの政治家。紀元前285年執政官(コンスル)を務めた。

出自[編集]

パトリキ(貴族)であるアエミリウス氏族の出身であり、レピドゥスのコグノーメン(第三名、家族名)を名乗ったのはマルクスが最初である。この後、アエミリウス・レピドゥス家は帝政初期にいたるまで繁栄し、共和政時代だけでも11人の執政官を出す。カピトリヌスのファスティのこの部分は欠落しているため、父および祖父のプラエノーメン(第一名、個人名)は不明であり、マルクスと他のアエミリウス氏族の人物との関係は不明である[1]紀元前232年紀元前220年に執政官を務めたマルクス・アエミリウス・レピドゥスは孫と思われる。

経歴[編集]

紀元前286年、ポティトゥスは執政官に就任。同僚執政官はガイウス・クラウディウス・カニナであった[2]ティトゥス・リウィウスの『ローマ建国史』のこの部分は本文が欠落しており、要約にもポティトゥスのことは触れられていない[3]ディオニュシオスの『ローマ古代誌』、ディオドロスの『歴史叢書』といった主要な歴史書もこの年代は断片しか残っておらず、業績は不明である。

脚注[編集]

  1. ^ A. Degrassi, Fasti Consulares and Triumphales, in Inscriptiones Italiae XIII.1, Rome, 1947, pp. 112, 428-429.
  2. ^ Der Neue Pauly, Stuttgardiae 1999, T. 12/1, c. 1099
  3. ^ リウィウスローマ建国史』、XI

参考資料[編集]

関連項目[編集]

公職
先代
マルクス・ウァレリウス・マクシムス・ポティトゥス
ガイウス・アエリウス・パエトゥス
執政官
同僚:ガイウス・クラウディウス・カニナ
紀元前285年
次代
ガイウス・セルウィリウス・トゥッカ
ルキウス・カエキリウス・メテッルス・デンテル