プロジェクト‐ノート:鉄道/駅/利用案内的記述

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利用案内的記述について

エレベータやエスカレータ及びトイレなどの設備は、利用案内的記述だとは思いますが、バリアフリーの観点からも記載があった方がよいと思います。以前の議論でも、特に反対意見は表明されていないと思います。また、階段やエスカレータ等若しくは出入口などがホームのどこら辺にあるかも駅の雰囲気がつかめることもあるとは思うのであった方がよいと思います。如何でしょうかSec. Semi Exp. 2007年11月25日 (日) 14:36 (UTC)[返信]

あってもよいが、書き方と現在POVに注意
おっしゃるとおりで、エレベータやエスカレータ及びトイレなどの設備について記述があることは、駅の規模や形態を示す上で有用な記述と言えます。
しかしながら、注意すべき点もあります。Sec. Semi Exp.さんは、
バリアフリーの観点から
を理由に挙げていますが、これはどういう意味からでしょうか。記事対象の駅のバリアフリー対策について述べるのならかまいませんが、バリアフリー情報を欲している人に対しての最新情報案内であることは望ましくありません。
  • 書くべきではない記述
    • エスカレータやエレベータは●号車に近い
    • みどりの窓口の営業時間
    • 券売機や自動改札機の何番目がICカード対応
停止位置は何かの拍子で変更されることもあり、誤った情報を読者に与えてしまう可能性があります。このような情報は、公式サイトに任せるべきでしょう。窓口の営業時間や券売機・改札機もいつ変更されるかわかりません。利用案内的であるというのは、変更されうる情報を絶えず最新に更新することと考えるとよいでしょう。このような情報はウィキペディアの範疇を超え、公式サイトや乗換え案内サイトなどに任せるべきものです。
むしろウィキペディアにおいては、第三者的な視点から、変更されない事実を書くことが推奨されます。たとえば、
  • 「○年○月にバリアフリー対策として、エレベータが設置された。」
  • 「○年○月には西口にもみどりの窓口が開設された。」
などの情報です。これらは歴史的事実であり、その後変更があっても記載を直す必要のないものです。また、箇条書きで並べるのではなく、百科事典的に文章でまとめる努力をなさってはいかがでしょう。少々細かい記述であっても、文章内に流れるように収まっていれば、その部分だけを削除されることもないと思いますよ。--ikaxer 2007年11月26日 (月) 03:21 (UTC)[返信]
  • まず、何であっても時間が経てば何らかの変化が必ずおきますので、変化に乏しいものしか書けないとなれば、ほとんど何も書けないことになります。例えば大阪の大正橋の長さ、幅員も、これまで架け替えによって変更されています。この橋が今後何らかの架け替えにより長さ幅員が変更される場合もあり得、架け替え終了後は現在掲げられているデータは誤ったものとなります。そのリスクがあるにも関わらず現在の長さ、幅員を書くべきでしょうか。これまでの冊子体の百科事典は、古くなっても内容の変更ができず、また情報が編集されてから書店に並ぶまでの時間が長いことで、そこに掲載されている情報は市販された時点で相当前のものとなっています。Wikipediaが誰でも更新自由となっているのは、そのことによって、タイムリーな情報を直ちに入れ替えるためでもあるのではないですか。ですから、頻繁な更新を必要としない情報しか記さないことについては、私はあまり賛同しません。
  • 次に、停止位置情報の可否が百科事典的であるかどうかですが、それ以前に駅の記事を本当に「百科事典的で」あらしめる内容を全駅揃え、その上で停止位置の可否を考える方が望ましいのではないかと私は考えます。例えば駅の歴史、駅周辺地域の歴史を書くには、関係のサイトを見たり、図書館へ行って該当の鉄道の歴史文献を読んだり、あるいは郷土資料コーナーで、駅のある市町村の計画書、統計書その他を見るなどして、そこから情報をピックアップして文章にまとめるなどの方法がありますが、これまでの編集状況を見ていますと、とてもそこまで編集される方は望み薄のように思います。そのようなことを面倒と思われる方にも出来そうなものとして、駅を見るだけでもそこそこ有益な情報が得られる「停車位置」の情報を書こうと私が奨励いたしました。それをなくすのであれば、やはり各駅の記事の質をより百科事典に相応しいものに向上させる編集に発展的に解消していくのが望ましいのですが、今も昔も最大の問題はそのような方が極めて少ないことです。
  • 次に、停車位置の変更がそれほど頻繁かどうかも疑問があります。ホームの長さと列車編成の長さがほぼ同じ場合、大きな変更は不可能です。また、出入り口階段等がホームの端にあるような場合も、それに近い車両はどちらかの先頭であり続けます。乗車位置が大きく変更される場合があるとすれば、何らかの工事によるもので、それは駅が何らかの部分で変化する場合でしょう。ですから、頻繁に変更される可能性は薄く、特にそれら出入り口や階段等がホームの端にある場合には差し支えないかと思います。
  • 基本方針に文章でとあるのですが、「A=B」という箇条書きは「Aは、Bである。」と書き換えられ、文ごとに接続詞で接続すれば文章になるので、両者は大して変わりがないと思います。その上、例えば上記のエレベーター設置とみどりの窓口開設のように、時期は近接するが関連性が薄い内容もあります。これを文章としても一文一パラグラフになるような感じです。むしろ掲示板などの傾向を見ていますと、最近の方は長々と文章が続くことを嫌がるのではないでしょうか。ですから箇条書きでも構わないのではないかと私は思います。藤井三方 2007年11月26日 (月) 16:08 (UTC)[返信]
藤井さん、ご意見ありがとうございます。
最新情報ということについて、誤解のないように補足させていただきます。
  • 利用案内的情報 = 最新情報でなければ意味のない情報
大正橋の架け替えにともなう橋長・幅員の変更について、最新情報に更新しないのか、というご意見ですが、これは必要ありません。架け替え前の大正橋、その後架け替えられた大正橋、ともにそれぞれの記述を歴史として書けばよいのであって、過去の情報を消す必要はありません。先に書きましたとおり、歴史的事実はその後の変更に影響を受けるものではないからです。つまり、「旧来の記述を削除して書き換えるのではなく、新たな記述を追加する」ということです。過去に存在したもの=誤った情報ではありません。
これに対して、窓口の営業時間であるとか、個々の改札機や券売機のカード対応状況であるとか、このような情報は最新情報でなければ意味がありません。あるいは、執筆者が「駅の利用者に最新情報を与えよう」という意図で書いているように見えます。最新情報に更新するものとは、このような内容を指します。
一方で「これらも歴史的事実を書けばよいではないか」との意見もあるかもしれませんが、私の知る限り窓口の営業時間の変遷を綴った記述は存じ上げませんし、窓口営業時間の変遷が必要かどうかも疑問です(特筆すべき内容があれば別です)。また窓口の営業時間が知らないうちに変更になっていれば、読者に不利益を与える可能性があります。
  • 停止位置情報
ホームの有効長や停止位置情報そのものを記述することはいっこうに構わないと思いますし、駅の構造を語る上で特徴的な事実が浮かび上がるのであれば、それは大いに記述されるべきことだと思います。
私が停止位置の変更について触れたのは、それによって影響を受けるエレベータは○号車に近いといった安易なデータ記述を機械的に羅列することに対して危惧したものです。
  • 箇条書きについて
箇条書きは使いようです。文章でダラダラ書くよりわかりやすいケースもあり、私もよく使います。ただし「箇条書きだけで文章のないもの」は単なるデータベースです。その分野に詳しい人は要点を綴った箇条書きで理解できますが、知識のない読者の場合にはそれだけでは理解できないケースが多いのです。箇条書きは要点をわかりやすく伝えることができますが、背景や理由付けであるとか、変遷のポイントなどは箇条書きより文章が向いています。
また、箇条書きだけで文章が付与できないもの、藤井さんがおっしゃるような「箇条書きをパラグラフにしただけ」にしかならないものは、その記述が本当に必要なのか一度考えてみる必要があるかもしれません。--ikaxer 2007年11月27日 (火) 00:40 (UTC)追記ikaxer 2007年11月27日 (火) 03:08 (UTC)[返信]
階段は○号車に近いといった安易なデータ記述ですが、逆に数字にすることにより下記のようなおおよその位置を示すことが出来ると思います。また、階段が複数ある場合には増設されたなどの記述をする際に階段を区別するための番号代わりにも使えると思います。
  • (例)階段は4号車と6号車付近に存在する
    • 6両の路線の場合はホームの後ろより
    • 8両の路線の場合はホーム中程だが若干後ろより
    • 9両の路線の場合はホーム中程
    • 10両の路線の場合はホーム中程だが若干前より
ただ、両数を取り違えていると上記にもある通り意味が逆になることもあります。また、ホームの長さが12両対応なのに停車する列車が4両といった場合には、停車位置の変更には大きな工事は必要なさそうなため、誤った情報を読者に与えてしまう可能性が高くなりそうという状況は否めません。--以上の署名のないコメントは、Sec. Semi Exp.会話投稿記録)さんが 2007年12月1日 (土) 14:40 (UTC) に投稿したものです。[返信]
(インデント戻します)
>Sec. Semi Exp.さん
失礼ですが、私の話をお読みになっていたけましたでしょうか。書き方の問題ではなく、もっと根本の問題です。
ウィキペディアはいわゆる利用ガイド的なものは目指していません。そこで、どこからが利用ガイド的な記述であるのか、百科事典と利用ガイドの境界線を考える必要があります。そのひとつとして提案したのが
  • 利用ガイド - 変更があったとき過去の情報は削除し、最新情報に書き換えるもの
  • 百科事典 - 変更があっても従前の記述は削除せず、新たな記述を書き加えるもの
という考え方です。
Sec. Semi Exp.さんが書き加えようとなさっているのは、前者の項目ではありませんか?つまり、階段と何号車が近い関係にあるとか、窓口の営業時間であるとか。このような項目は、最新情報でなければ意味がありませんし、古い情報・誤った情報で利用者に不利益をもたらすおそれがあります。最近は、鉄道会社の公式サイトが充実してきていますから、責任を回避する意味でも、公式サイトに任せるべき記述だと考えます。
一方、後者の最新情報に更新しない項目は、歴史とともに書かれるような記述です。たとえば、駅舎が改築したからといって、改築前の駅舎の記述を消す必要はありません。また、乗り入れる路線や列車が増えたり減ったりしても、それ以前の記述も残した上で、変更後の記述を書き加えればよいのです。
Sec. Semi Exp.さんの意見を拝見しますと、とにかく現在の利用者のためになることばかりを重視しているような気がしてなりません。バリアフリーについて積極的に情報を開示しなければならないのは、鉄道会社であって、ウィキペディアではないのです。「利用者に便利なように」という利用者の利害が絡む視点は控えめにして、第三者的な視点で書くことが望まれると思いますよ。--ikaxer 2007年12月1日 (土) 15:18 (UTC)[返信]

上記の「利用ガイド」と「百科事典」の定義の根拠はどこでしょうか。「Wikipediaは何でないか」の例示において、利用ガイドがなぜそのような解釈になるのでしょうか。その説明がなされない限り、ikaxer氏の上記の説明は説得力に欠けるのではないでしょうか。藤井三方 2007年12月2日 (日) 02:57 (UTC)[返信]

定義の根拠はありませんよ。ないからこそ、どこまでが百科事典でどこからが利用ガイドなのかで揉めるわけです。そこで、このような点に着目して境界を考えたらどうかと提示しているのですが、いかがでしょうか。
ウィキペディアには様々なルールがありますが、それがすべてではありません。WP:NOTの「ウィキペディアは単なる知識ベースではありません」を読めば、単なるデータの羅列は避け、歴史や背景を重視していることがわかります。なぜ、このようなルールを決めているのか、藤井さんならおわかりかと思います。それを踏まえて考えれば、百科事典と利用ガイドの境界は、先に示した形になるのではないでしょうか。具体的におかしいと思われる点がありましたら、ご呈示いただければ幸いです。
ところで、この境界は原則であって、ガチガチに守る必要があるものでもないとも考えています。しかし、原則から大きく外れるような編集はやはり控えるべきではないかと考えています。--ikaxer 2007年12月2日 (日) 04:00 (UTC)[返信]
今回の議論は、Sec.Semi Exp.氏が冒頭で述べておられたように、Sec.Semi Exp.氏は私が提案したことを採用なさって編集されたのですが、それが批判の対象となっています。責められるべきはSec.Semi Exp.のみではなく、提案者である私にもあるかと思います。その反省に立ちますと、他人を誘導するだけの提案を行うには、ある程度確かなところから導き出した考えによらねばなりません。今回のSec.Semi Exp.氏のように、他人の言うことを信じて編集したのに、批判の標的にされたというのでは気の毒ですから。しかし、今回、Ikaxer氏は、Sec. Semi Exp.氏を説得して強く「誘導する」立場におありのようですが、先の観点で見ると「根拠のない」上の基準では将来に不安が残ります。Yahoo!辞書で「ガイド」と「百科事典」の意味を調べますと、先の最新情報をどうするということは、両者の概念を区別するポイントとはなっていません。また、何でないかでも最新情報というよりは、「何かのリストやその店の評価、その店への道順を記す」ような「観光案内」はいけないとなっており、最新情報云々とはニュアンスが異なります。それにも関わらず、Sec.Semi Exp.氏に上の基準を説得するのはまずいと思います。1)「利用案内」・「百科事典」の違い、2)「最新情報」の扱い方、3)停止位置や窓口の営業時間・券売機等のカード対応を書くべきか否か、の3点は、別の議論としていただけないでしょうか。いずれにせよ、他の方を誘導すると分かっているなら、なるべく確実な方に誘導したいものです。藤井三方 2007年12月4日 (火) 15:35 (UTC)[返信]
  • 問題が生じたら見直しを考える
藤井さんとしては、過去に駅に関する事項を議論し定めた立場として、責めを受けるのはご自分だとおっしゃっていますが、そもそも責任問題ではありませんので誤解なさいませんように。
ルールを定めて運用すれば、時を経ていろいろ問題を生じるのは仕方がありません。とくに駅に関するガイドラインに関しては、議論してから3年もの時間が経過しています。この間に記事数も増大し、参加者も増えました。日本の現存する駅についてはほぼすべて網羅されたといってもよく、とにかく記事を起して数を増やす時代から、内容について質の向上を求める時代に変化してきたと言えるでしょう。
このような状況を迎えると、しばしば加筆の差し戻しが行われるようになります。
「ウィキペディアは利用ガイドではない」
との理由で差し戻されることも多くなりました。これは、駅ばかりではなく、車両や路線の記事でもしばしば見受けられます。
このように問題を生じてきた場合は、見直しを含めて考えるのは当然ではないでしょうか。むろんガイドラインを書き換えるとなれば、合意を得る手続きも必要ではありますが、その前段階の議論としてこの場所が不適切だとは思えません。
  • 根拠について
私は、百科事典と利用ガイドの境界について根拠はないと書きましたが、それは「ウィキペディアの方針やガイドラインの中で明文化されたものがない」というだけの話です。WP:NOTでは「観光案内ではない」として説明がありますが、「駅の利用ガイドとは○○である」とまでは書いてありません。これは仕方のないことで、すべての分野について細かな説明を付けることは事実上不可能だからです。ですから、何か別の問題が生じたときは、原点に立ち返って、ウィキペディアが何を目指しているのか考える必要があります。
WP:NOTは百科事典が何かを示す実例集と言えます。これらの事例の中から、「百科事典とは何か」のエッセンスの部分を取り出すと以下の点が浮き上がります。とくにウィキペディアは単なる知識ベースではありません(3番だけではありません)の説明文から抽出します。
  • 単にデータを列挙しない
  • 特定の人に肩入れをしない
  • 速報を書かない
また、但し書きとして、以下のような点も見受けられます。
  • 歴史や背景を書いた上で補助的に書くならよい
  • 説明に不可欠ならよい
  • 歴史的視点で見るならよい
これが先に挙げた「利用ガイド的とは、最新への更新が必要とされる情報」の根拠となるものです。「利用ガイド的」の定義が曖昧とおっしゃるなら、「ウィキペディア的でないもの」と置き換えてもらってもかまいません。
また「説明に不可欠ならよい」ということは、箇条書きでデータを並べるだけではなく、説明も付け加えることを意味します。先日、文章にうまく取り込んで書けば、削除されることはないでしょうと申し上げたのも、これを根拠としています。
以前も申し上げましたが、私の解釈がおかしいと思われるのでしたら、具体的に指摘していただけないでしょうか。--ikaxer 2007年12月5日 (水) 03:31 (UTC)[返信]
少し古い内容になりますが、「利用ガイド」という言葉が、辞書の定義と異なるように思います。ガイドは現在の文脈では、Yahoo!辞書の定義で「手引書」や「便覧」といった言葉が適するかと思います。一方「百科事典」は「人類の知識-(中略)-配列し、解説を加えた書物」とあります。そのような概念の両者が、最新情報の扱い云々によって概念が分かれるというのは少し厳しいのではないでしょうか。また、百科事典には変更されない事実を書くことが推奨されるとの趣旨のことをお書きになっていますが、時に即して内容を変更しなければ、どのような内容であれ結局現実との乖離が大きくなります。前にも述べたかと思いますが、従来型の冊子体の百科事典では、情報の収集・編集から出版までのタイムラグすらも一部分野では問題にされていることをご存知でしょうか。窓口の営業時間や券売機等の細かいことのみならず、全体的なことにおいても、頻繁に最新情報に変えるべき内容が生じているのです。大正橋の現在の橋長も、将来変更される可能性があるにも関わらずなぜ現在書かれているのか、現在の人間が必要とする情報だからではないでしょうか。「利用ガイド」「百科事典」問わず、社会は状況が大小問わず次々に変遷し、その時々「現在」の情報が求められます。ですからそのどちらを問わず、更新しなくてもよい情報を書くべきとは言っていられないように思います。藤井三方 2007年12月6日 (木) 16:28 (UTC)[返信]
  • 言葉の定義から離れていただければ幸いです。
藤井さん、ご意見ありがとうございます。わざわざ辞書まで引いていただいて恐縮です。
ただ、ここでは日本語の定義としての「利用ガイド」を論じているのではなく、つまるところ「ウィキペディアの内容としてふさわいか否か」を求めていることをご理解願います。
ウィキペディアと利用ガイドの内容はまったく相容れないものではなく、どこかは重複します。駅の構造や発着する列車の種類は、どちらに属しても問題はないでしょう。
しかし、いまここで問題にしている「利用ガイド的」とは、その中でも「ウィキペディアにはふさわしくないもの」を指しています。たとえば、理由もなく機械的に「時刻表」や「運賃表」を書き連ねる記述は、当然ウィキペディアにふさわしいとは言えません。
このように利用ガイドの中でも、とりわけウィキペディアにふさわしくない記述を問題としているのであって、それが辞書に載っている「利用ガイド」とは意味が異なることを、まずはご理解ください。
  • 「最新に更新」の意味も少々異なります。
大正橋の現在の橋長も、将来変更される可能性があるにも関わらずなぜ現在書かれているのか、現在の人間が必要とする情報だからではないでしょうか
大正橋 (大阪市)の記事については、現在の橋のことも書かれていますが、過去の橋についてもしっかり触れています。今後さらなる架け替えがあって、新たな記述が追加されることはあっても、現在や過去の記述は消えずに残ります。くり返しますが、最新の情報を書くのがいけないのではありません。過去から最新に至るまで版を重ね、変遷を綴っていくことはウィキペディアに必要なことです。
これに対して、最新情報のみが必要とされ、過去の情報を消してしまうような記述は、ウィキペディアには向いておらず、利用ガイドが適しています。各駅の記事に時刻表や運賃表を書くことはまさにそれにあたるでしょう。
  • ひとつの判断基準として
私は利用案内に通じる記述をすべて否定するつもりは毛頭ありません。しかし、現実に「利用ガイド的である」として、記述を差し戻されている執筆者がいらっしゃるわけです。利用ガイドではないとしても、「データベースではない」を理由に差し戻されることもあるでしょう。そのような方に、ウィキペディアの原点から、差し戻されない記述の判断基準を持っていただくことが重要だと考えます。先日も書きましたが、WP:NOTには「歴史や変遷を語るならよい」「説明に不可欠ならよい」などの但し書きがあります。「そういう視点で書いていただければ、差し戻されることはないでしょう」つまるところ、私が申し上げたいのはこれだけです。長文失礼いたしました。--ikaxer 2007年12月7日 (金) 14:09 (UTC)[返信]
いわゆる「業界用語」はあちこちにありますが、Wikipediaはあくまで「百科事典を作成する」場ですよね。標題の「言葉」の意味を赤の他人に「教える」場でもあるわけです。そこで辞書の意味と異なる業界用語がまかり通っていていいものかと思います。藤井三方 2007年12月7日 (金) 15:30 (UTC)[返信]
Wikipediaはあくまで「百科事典を作成する」場ですよね。
おっしゃるとおりです。言葉の定義だけで終わってしまう辞書を作る場ではありません。今回の問題は、Sec. Semi Exp.さんの加筆が差し戻しを受けたことに端を発しています。その問題を解決することが一義であって、言葉の定義を云々しても始まらないと考えますが、いかがでしょうか。--ikaxer 2007年12月7日 (金) 16:13 (UTC)[返信]
現状で、何を「百科事典的」とするかが人によって意見が分かれ、しかもその基準が必ずしも公開されないために、差し戻しなどの行為が起きると思います。その紛争を解決するためには、誰もがもっともだと思うものを出発点としてそこから百科事典の内容として正当である、あるいは正当でないという理屈を組んでいくことが必要かと思います。その出発点としては辞書による定義やWikipediaの基本方針を持ち出すのが妥当ではないでしょうか。Sec.Semi Exp.氏がなさった加筆が、辞書に定義されている「百科事典」としての定義にかなうものである、という説明が理屈として成り立つかどうかが分かれば、もめることなく解決されると思います。藤井三方 2007年12月7日 (金) 16:46 (UTC)[返信]
補足しておきますが、辞書の定義で解決できる簡単な話なら、揉めることはないでしょう。ですから、私は「Wikipediaは何でないか」をよりどころにお話をさせていただいているわけですが…。--ikaxer 2007年12月8日 (土) 00:42 (UTC)[返信]
簡単にまとめますと、履歴が意味をなす物が必要といった感じでしょうか。ただ、具体的に落とさないと、ズレが発生しそうな気がするので、駅構造の記述案として具体例を挙げたいと思います。Sec. Semi Exp. 2007年12月9日 (日) 15:56 (UTC)[返信]

/利用案内的記述について - 駅構造の記述案(リンクを当時の版に固定Sec. Semi Exp. 2008年4月29日 (火) 03:47 (UTC)[返信]

(提案)お疲れ様です。
ここまで書けるなら事例としてはいいと思うのですが、できれば箇条書きではなく時系列の文章になりませんか?
ホームの延伸などは、発着する列車の編成が変わるなどの歴史的背景があるはずですので、階段と号車の位置だけでは片手落ちだと思います。駅構造の変遷として、背景や理由を明らかにしつつ文章で加筆するのがいいでしょう。--ikaxer 2007年12月9日 (日) 16:18 (UTC)[返信]
割って入るようで失礼しますが、そこまで詳細な情報を入れることが有用なのかどうか、疑問です(もちろん、有用だと思われる方はいるのでしょうが、どの程度の需要があるか…ということです)。また、全ての駅について、そこまでの詳細な情報を常時更新していけるのか、正確さを検証できるのか、等々、いろいろ問題はあると思うのです。
*号車付近に階段云々というのは、(ほぼ)決まった両数の編成しか来ない線区についてはある程度有用な情報かもしれませんが、たとえば3両から15両まで来る駅(JR熱海など)、編成によって1両当たりの長さが異なる駅(小田急ロマンスカー停車の各駅など)では殆ど無意味です。
バリアフリー情報ということになると、駅を見ただけでは判断できない情報もあります(例としては、下りホーム下車だと車いす対応できないので箱根湯本で折り返して上りホームで駅員が対応していたという入生田駅―これは「独自研究」かも―など)。エレベータ・エスカレータの設置状況くらいならまだよいのでしょうが、それでも、神奈川高鉄連の「レール&ステーション」(毎年改定されていると聞いたことがあります)のようなサイトへのリンクを置くという手もあるわけですし。
ところで、ウィキペディアでバリアフリー情報を掲載する意義は、どこにあるのでしょうか?--Kicho- 2007年12月10日 (月) 12:45 (UTC)[返信]
個人的には、何千もの記事があって、それがまともだと思われるためには、「Wikipediaの中で、なぜ駅の記事があるべきなのか」ということを参加者が真剣に考え、それを記事に反映させる必要があるかと思います。その存在意義を出すとなると主要内容である「駅構造」、「駅周辺」、「歴史」の3セクションであるかと思われます。ところが、駅の記事編集に参加される方は、「歴史」の項を恐らくはまともに書かれないでしょう。記事を立ち上げたり、カテゴリの貼り付けには熱心になっても、記事の内容の充実にはあまり関心がなさそうな方がほとんどだからです。前者2つは簡単に出来るのに対し、内容を深く書こうとするとかなり手間隙がかかります。何となく聞こえのいい理由をつけて後者の作業を避けようとされる方々をこれまで何度かお見受けしましたが、そのような方が面倒な作業をなさるわけがありません。それを裏付けるかのようにテンプレやカテゴリの充実に反して中身は大して進展しておらず、相変わらずサブスタブ状態の記事が多いです。次に駅の住所に関する情報を詳細にしたり、「駅構造」か「駅周辺」のどちらかの情報で存在意義を出すことの可能性があると思いますが、駅周辺で施設情報をもたらそうとすれば、今やYahooで各駅ごとの地図を検索できるようになり、そちらの方がプロですし、更新システムも整っています。駅周辺の概論を書こうとすると、実は何をどうまとめるかというのは非常に難しい問題ではないでしょうか。駅の所在地の情報はと言うと、鉄道会社ページのほか、全国的にはエキサイトの乗り換え案内で扱っています。残りは「駅構造」の情報を詳細にする以外にないのではないですか。駅構造は鉄道会社のサイトがあるといっても、各社まちまちで、中には駅の構造に関する情報を掲載していないところもありますし、主要駅の情報のみと言う所もあります。存在意義を出すなら、そこを注目すべきかもしれません。しかも、書物を検索し、文章をまとめるという面倒な作業が入らず、毎日目にしているものをただ書けばよいのです。だから駅の構造を詳しく書くことがWikipediaの活路だとかつては思っていました。藤井三方 2007年12月11日 (火) 15:30 (UTC)[返信]
藤井三方さんは「歴史」を深く書く手間を避けるための理由付けとして「駅構造」や「駅周辺」の充実を掲げているのでしょうか。それでは本末転倒です。苦労して内容を充実させた記事が多く存在してこそ駅記事の存在価値が認められると私は考えます。検証可能性を満たさない「ある執筆者が目にした情報」で分量が膨れ上がったページを「充実した記事」とするのは無理のある話だと思います。
また、あなたのいう「手間隙を掛け内容を充実させる意思のない利用者」が書いた周辺情報は果たして信用に足るのでしょうか?記述が詳細になるほど誤りが含まれる可能性も高まりますが、それにより読者が不利益をこうむる危険が考慮されていないように感じます。実際にはWikipediaの記述を信用した読者の自己責任と思いますが、ならば利用案内であるかのように編集するのは不適切です。
駅構造に関する記述の充実自体は歓迎すべきことです。その結果として駅利用者への案内として役立つこともあるでしょう。しかし、利用案内として用いられることを前提に記述の方向性を考えるべきとはとても思えません。時間は掛かるにせよ、内容を充実させる熱意を持った執筆者が増えることを期待するよりないのではないでしょうか。--こまくさ 2007年12月11日 (火) 18:26 (UTC)[返信]
歴史を深く書かないための理由としてというのは、あくまで「そういう現実の下で」ということで、「私が書かない理由として」ではありません。いずれにせよ、何より何千も「誕生」させられた駅の記事に対し、「百科事典のありかた」に沿った編集をできる方が不足しているように私は思います。ここで百科事典としての理想論を力説なさるだけでなく、中身の少ない駅について、ご自分の信ずるところに従って加筆される方が、記事のレベルアップには早道だと思います。藤井三方 2007年12月12日 (水) 00:08 (UTC)[返信]
方向性をはっきりさせることは必要でしょう。
確かに、「駅構造」や「駅周辺」の充実を掲げることにより、日常的な当該駅利用者の参加を促すことは可能かもしれません。しかし、それが契機になって「歴史」の充実につながる…という展開は、ちょっと思いつきません。むしろ、「歴史」が添え物的な地位に追いやられる(現状既にそうではないか?という話はともかく)可能性はないでしょうか。--Kicho- 2007年12月12日 (水) 11:43 (UTC)[返信]
藤井さんとしては、問題を認識しながらも、現状の駅記事を見るにつけ、
  • 駅記事がいつまでたってもサブスタブから脱却できない
  • 理想的な記事が書ける能力を持った人がそうはいない
  • したがって、記事の体裁を保つためには、データベース化・利用ガイド化もやむをえない
このようなご意見とお見受けしました。要は理想も大事だが、現実を見ろと。これに対して、ちょっとばかり意見を書きます。
あわてる必要はない
たしかに駅記事はできた当初から発展している記事はそう多くないでしょう。ただ、これは駅記事の数があまりに多いのも一因ではないでしょうか。これだけ大量にある駅記事のすべてが、一朝一夕で改善されることはありません。もっと気長に待ってはいかがでしょう。
以前、私鉄の郊外の駅でしたが、駅周辺をきちんとイメージできる記述が書かれており、感心したことがありました。残念ながら、その記事をここで紹介しようにも、どの駅だったか思い出せないので紹介もできません(苦笑)。それほど駅記事というのは数が多いんですね。ただ、このように気付いていないだけで、ちゃんとした駅記事もできていることは事実です。
あわてる必要はありません。10年ぐらいの長いスパンで考えてみてはいかがでしょうか。
誰でも書ける駅記事
駅周辺や駅の位置付けなど、所在地の町と駅の関わりという点に関する記述は、鉄道に詳しい人でなくても書けます。これは駅の記事が、車両や列車の記事と異なる点と言えるでしょう。さきほど例に挙げた駅周辺に秀逸な記述があった駅記事も、主たる執筆者は鉄道とは無縁の他分野の方のようでした。
反対の声がある中で利用ガイドに特化して、記事の門戸を狭めなくても、ちゃんと書ける人は書いていきます。現時点であわてる必要はないと考えますが。--ikaxer2007年12月12日 (水) 13:45 (UTC)[返信]
利用ガイド的記述について。階段は何号車が近いという記述は、地方だと編成によって停車位置がバラバラだと非常に面倒でになるので書くべきではないと思いますが、駅の中ほどにあるとか■■寄りにあるという程度なら問題ないかと思います。窓口営業時間などは○○年△△月××日時点と書けば良いのではないかと思います。それから、バリアフリー設備については設置されている場合は駅構造の中で説明すればよいと思います。ただ、いずれにしてもあまり細かく書くのは反対です。
周辺施設について。営業時間などを細かく書くのは賛成しかねます。また、対象範囲ですが名所旧跡・大企業の本社・役場や警察署など公的施設・郵便局や銀行(但し、支店名は書かない)ぐらいではないかと思います。
ただ、基本的にはikaxerさんの姿勢に賛成です。慌てる必要はないと思います。Wikipediaが今日明日消えるわけではありませんから、少しずつやっていけばよいかとおもいます。他の分野も同じようなものかと思います。
なお、利用ガイドに関して公式サイトを見ればいいのでは?という意見がありましたが、JRでも地方の小さな駅だと窓口営業時間や設備が書かれていないことが珍しくなく、地方中小私鉄や三セクになるとそもそも駅情報の項目すらない、あるいは公式サイトそのものが存在しないという会社もあるので、どうかなと思います。--↑PON(ウエポン) 2007年12月14日 (金) 14:11 (UTC)[返信]
ご意見ありがとうございます。
私も最終的な落としどころとして、↑PONさんと同様の見解を持っています。以前にも書きましたが、利用ガイド的な記述をすべて排除するつもりは毛頭ありません。周辺の施設リストについても、今後文章による加筆が見込めるとすれば、「説明に不可欠」であるということもできるでしょうし、いまあるものを削れとまで言うつもりはありませんので、ご心配なく。
ただ、あまりに利用ガイドに特化しているもの、「エレベータは●号車に近い」「窓口の営業時間」などは、ウィキペディアの範疇を越えていると考えます。これらは知識を得たい読者を対象とするのではなく、あくまで駅の利用者に特化した情報で、ややもすると利害に絡む事項となりかねません。私は公式サイトに任せるのが妥当と書きましたが、公式サイトがない場合でも、時刻表の巻末の案内や、直接駅に電話するなどの方法で利用者は確認ができます。逆にここまでしないと確認できない情報は、検証可能性の問題もあり、安易に載せるべきではないと考えています。
>いずれにしてもあまり細かく書くのは反対です。
同感です。必要以上に利用ガイド的記載を細かくすると、先に挙げた問題を生じかねません。エレベータや階段についても、「前寄り」「後寄り」などの表現であれば、駅構造の特徴を示すのに有効となるでしょう。窓口の有無についても同様ですし、「夜間は無人」などの表現も問題ないと思います。--ikaxer 2007年12月15日 (土) 12:25 (UTC)[返信]
>階段は何号車が近いという記述は、地方だと編成によって停車位置がバラバラ
本来は、同じく動かない駅のホーム自体に、簡単には変更できない何らかの物差しがあれば、それを基準に「60付近の階段が」と記述できると思います。
前提の項目については存在しませんが、ホームいっぱいに止まる電車(熱海駅で言えば15両編成、小田急で言えばロマンスカーEXEや通勤電車の10両編成)があれば、それが一定の範囲で物差しの代替に成りうると思います。ただし、対する短編成の停車位置は長編成と比較的すると流動性がありそうなので、記事内容自体が長編成POVとなりかねないという懸念はあります。
階段の位置の記述についても、●号車を利用すると最寄りという●号車が便利という風な表現は、避けた方がよいとは思いますが、全体の6/10に位置する事を記述する場合は「中程の後ろより」より「(10両編成の)6号車付近」の方がよりわかりやすいと思います。Sec. Semi Exp. 2007年12月15日 (土) 15:20 (UTC)[返信]
>藤井三方氏
広く記事のレベルアップを図るのであれば、他の利用者を巻き込むことは欠かせません。何千も「誕生」させられた駅の記事に対し、私の手が回るのはごく一部です。ならば「百科事典のありかた」に沿った編集方法を提示し、それができる力を持った利用者を誘導するよりないでしょう。あなたもそう考えるからこそ、ここで議論しているのではないのですか?
なお、私は横須賀市内の駅記事などで極力リストを廃して文章での解説を心がける「信念に基づいた編集」を行ってきましたが、いかがでしょうか?地形図あたりを参照すれば、多くの場合この程度は書けるものです。
また「目にした情報」の加筆ですが、Wikipedia:検証可能性Wikipedia:独自研究は載せないとの兼ね合いについてはどのようにお考えでしょうか?気にし過ぎるのはよくないにしても、編集方針を示すとなれば一応は念頭に置くべきでしょう。再度の質問となり恐縮ですがお答え頂ければと思います。
>Sec. Semi Exp.氏
あまり込み入った情報を載せると検証可能性や独自研究といった面でも問題があります。あまり煩く言うと駅に限らずかなりの記事で問題になるのですが……「どのような駅であるか」の解説に号車位置といった情報が不可欠とも思えず、正直なところ何故そこまでこだわるのか図りかねます。特定の記事を充実させたいのであれば、やはり確かな資料を基に地域との関わりや歴史について記述していくのが近道でしょう。--こまくさ 2007年12月15日 (土) 17:58 (UTC)[返信]
これまで、記事の様子や、削除依頼等の機会に記事を作成された方などのコメントを見ると、記事を書くのは「自分でない誰か」という方向としている方が多いように見えます。それらの方にもあまり抵抗無く書いてもらえそうなことで、一般の人から記事設立に対する理解が得られそうな内容、かつ、駅構造の詳述の中で描けるものとしては、「階段位置、出口位置」ではないかと私は考えます。これは、一般人でも下車駅の階段位置付近に乗車する客が多いためです。なお、検証可能性については実地の他、駅によっては公式サイト、開設等の際の新聞記事、各社の発行する時刻表その他による検証が可能であると考えます。独自研究についても、社史、公式ページその他に図が掲載されていれば、独自研究ではないということになります。
次に、私が「あわてているかどうか」という点ですが、アクションは早い方が良いのではないか、とは私は思っています。記事が「変わる」のは、「長い年月」がそうさせるものではなく、そのどこかに「変える」人間がいる必要があります。その人が今いるのか、これから現れるかは分かりませんが、いずれにせよ、自分自身が面倒な作業を、長い年月、広い世界の誰かがしてくれるだろう、と言っているようなものです。百科事典の記事の作成者としてはいかがなものかと思います。共同責任は無責任と言う言葉がありますし。
2ちゃんねる・趣味板のWikipediaの2003年頃のスレッドでは、駅の記事が次々に作られていくことを疎む書き込みがいくつもありました。それが鉄道趣味者の仕業とも書かれていましたが、鉄道趣味者といっても、大人や知的な方たちもいますから、彼らをも含めた鉄道趣味者の知性を代表するかのような記事が現状では残念です。階段位置や窓口の営業時間という内容に必ずしもこだわらなくても、何か知的な工夫がなされないものかとは思います。--藤井三方 2007年12月20日 (木) 16:11 (UTC)[返信]
共同責任は無責任と言う言葉がありますし。
それを言い出すと、ウィキペディアそのものを否定することになりますよ(苦笑)。
ところで、なんだか話が違う方向へ向いているような気がしますが、藤井さんとしての落としどころはどこなのでしょう?いまひとつ、何をおっしゃりたいのかわからないのですが。--ikaxer 2007年12月26日 (水) 15:38 (UTC)[返信]
私は今の時点では、他であまり特色のある情報を打ち出せない以上、それを「目玉」にするほかないのではないかと思います。駅の構造として、それぞれを構成する駅舎・ホームの位置関係や、無人・有人等を述べようとすれば「利用案内的記述」が不可欠です。従って相対的な表現とせず、可能な限り数値等を用いて具体的に書く方が望ましいという立場です。もう少し各駅の記事でも駅構造でない箇所についてそれなりの編集方針が打ち出され、これに基づいて調査が進み、情報が充実するなら、階段位置等の簡略化なりなくなるという選択もあり得るとは思いますが。
ちなみに、これを提案したのは2004年、検証可能性や独自研究は載せないという条文が書かれたのは2006年でした。藤井三方 2007年12月26日 (水) 16:53 (UTC)[返信]
今の時点では、他であまり特色のある情報を打ち出せない以上
この前提が私には理解しかねます。こまくささんのように、脱データベース化して文章での記述を試みている方もちゃんといらっしゃいます。駅記事は大量にありますから、一朝一夕ですべてが改善されることはないでしょうが、発展を妨げるようなご発言の意図が分かりません。「全部はすぐに直らないのだから、これでいい」ではなくて、「今後の発展を見据えて、記事として望ましい方向に誘導する」ことの方が建設的であると考えます。
これを提案したのは2004年、検証可能性や独自研究は載せないという条文が書かれたのは2006年
藤井さんはまだ自責の念にかられているのでしょうか(汗)。くり返しますが、私は過去のガイドラインについて、それを定めた人を責めるつもりは毛頭ありません。何もない時代にゼロから作られたわけですから、ご苦労もあったことと思いますし、むしろ敬意を表します。当時は検証可能性も独自研究もなかったのであれば、それはやむをえないことだとも思います。
しかし、時代を経て他のガイドラインが書き換えられていき、記事を巡る問題も移り変わっていく中で、過去に決めたことを見直さないのは、賛同できません。最初にルールを定めることと、変化に応じて見直しをかけることは別問題です。--ikaxer 2007年12月27日 (木) 06:36 (UTC)[返信]
特色がないといわれますが、果たして「目玉」は必要なのでしょうか?一般の利用案内サイトであれば収入確保のため一定数の利用者が必要ですが、Wikipediaは違います。他のサイトでも得られる情報を充実させたとして、Wikipediaへの寄付が増えるとも思えません(まだ規模の小さい Railwiki あたりなら目玉にもなり得るのでしょうが)。また2chの例を挙げられていますが、そもそも「利用案内的記述の充実」は2chでも評判悪いようですし。
「結果として利用時の案内にも使える情報」と「利用時の案内として用いるための情報」は似て非なるものです。各種方針を考えれば、後者を意図した編集は「避けるべき」ものでしょう。なぜ『自分自身が面倒な作業を、長い年月、広い世界の誰かがしてくれるだろう、と言って』すぐ書ける瑣末な情報ばかり付け足していく行為に裏付けを与えようとするのでしょうか(「自分のためではない」なら尚更です)。いずれ要らなくなるような情報で水増ししても、記事の質が落ちるだけと考えます。--こまくさ 2007年12月27日 (木) 15:06 (UTC)[返信]
大変失礼ではありますが、条件を出させていただいて、その結果が百科事典としての基準にはまっている、または熱意ある編集者がいて、上記のいわゆる「利用案内的記述」なしで内容が充実していると私が思えば、上記のいわゆる利用案内を記すべきとする意見は取り下げても構いません。条件とは、「こまくささんの作成された駅の記事以外で、立派に書けていると思うものを5個ほど推薦していただく」ことです。藤井三方 2008年1月3日 (木) 15:30 (UTC)[返信]
なお、こまくささんが指摘された点について、そのような行為を「裏付け」るというのはどういうことでしょうか。

決して記事立てのみで満足すべきではありませんし、記事ガイドラインに沿っていないことを説教するのみで満足し、実際の文章による加筆を行わずに済ませるべきでもありません(こまくささんの各記事は、その点では素晴らしいと思います)。その先、情報収集や、記事の組み立て、説明の方法などを様々に思案、検討し、その結果を記事として反映させることによってのみ、記事を前進させることができると思います。藤井三方 2008年1月4日 (金) 16:33 (UTC)[返信]

「前寄り」「後寄り」などの表現では、やや主観的となってしまうと思います。また、記述案に追記しましたが、改札が同じ中程となる駅でも駅によっては階段などが端の方になる駅があります。これを避けるためには、何らかの物差しが必要かと思います。現状は、柱番号などがない駅においては、当該駅に停車可能な最長の編成による号車番号がベターかと思います。Sec. Semi Exp. 2008年4月29日 (火) 03:47 (UTC)[返信]
Sec. Semi Exp.氏はこれまでの話の流れをきちんと理解しておられるのでしょうか?まず利用案内的な記述を認めるか否かを話し合っているのです。しかも今のところ利用案内的記述の賛成者は藤井三方氏のみで他の方は反対です(もちろん私も反対です)。案を提示いただくとか、号車番号云々以前の問題です。まずはこの利用案内的記述をどうするか合意の上で編集してください。--Tokyodesert 2008年4月30日 (水) 16:04 (UTC)[返信]
利用案内的記述をどうするか自体は議論対象ではないと思います。利用案内的な記述とされた項目や類似した項目(例えば、ホームの長さ・ホーム間のズレ、エレベータやエスカレータの有無・場所・歴史など)のうち、「結果として利用時の案内にも使える情報」(百科辞典的・追加していく物)に関しては認めるが、「利用時の案内として用いるための情報」(利用者ガイドに特化・更新していく物)は認めないという方向で一致しており、前者と後者の境目はどこかという点で議論が行われていると思います。そのためには、これは前者・これは後者という議論が出来るように案が必要かと思います。Sec. Semi Exp. 2008年5月1日 (木) 15:40 (UTC)[返信]

(インデント戻します) 「結果として利用時の案内にも使える情報」(百科辞典的・追加していく物)というのは、例えば京都駅#駅構造のように日本一長いホームの特徴を説明していくうちに詳しい長さや発着する列車など「結果として利用時の案内にも使える情報」に成長した記載のことを指すものです。先日Sec. Semi Exp.氏が加筆された八王子駅この差分のような記述を指すものではありません。この京都駅の例と八王子駅の例の決定的な違いは、京都駅は検証可能性に基づいた独自研究でない情報であるのに対し、八王子駅での加筆はSec. Semi Exp.氏の「見たままの情報」で独自研究に当たる点です。つまりはホームの長さ・ホーム間のズレ、エレベータやエスカレータの有無・場所などを何両編成の何号車付近あるなどあまりに細かく書き加えること自体、Wikipedia:検証可能性を満たしていない、Wikipedia:独自研究は載せないに抵触するものです。第一、「ホーム間のズレ」なんて情報はなぜ必要なのかさえ理解できません。階段位置等の構造物を記載する必要があっても「前より」「後より」「○○駅方」で十分で、これで不足とする理由もありません。--Tokyodesert 2008年5月2日 (金) 14:24 (UTC)[返信]

記述案を拝見しました。Sec. Semi Exp. さんは、ウィキペディアはデータベースではないをどうお考えなのでしょうか。以前の路線の地理に関する議論でも交差物件一覧データを掲載しようとして周りから反対されていましたよね。今回の記述案についても、単なる箇条書きの列挙だけで、本文らしいものがどこにも見あたりません。
多くの鉄道記事がデータベース化している現状は否めませんが、「それにしても、やりすぎではないか」というのが今回の議論の始まりです。体系的な説明がないにもかかわらず、細かなデータのみを掲載する方向性は、この議論とはかけ離れたものになっていると思いますよ。以前も申し上げましたが、そこまで細かくデータを収集なさるパワーがおありなら、体系的に文章で説明する方向へ振っていただけませんか?--ikaxer 2008年5月3日 (土) 16:39 (UTC)[返信]
> 交差物件一覧データを掲載しようとして反対
交差物件一覧データ自体の掲載当初の2004年ころは、横浜線の記事には沿線風景などの記述がなかったためか、賛否でそれほど差はなかったと思います。ただ、東海道線などには他の路線に沿線風景などの記述があり、沿線風景が充実するにしたがい交差物件一覧データが沿線風景からデータを抽出しただけと同じような状態になったため、2007年の年頭ごろから交差物件一覧データはもういらないとなったと思います。
> 単なる箇条書きの列挙
長文となるならば、箇条書きの文に分けた方がより見やすいと思い、記述案(案2の各案:旧案の案2~4)では、箇条書きの文としました。後ほど、分けない文で書いた物(内容の精度は変えない物)を出したいと思います。Sec. Semi Exp. 2008年5月4日 (日) 05:18 (UTC)[返信]
箇条書きを使うなと言っているのではありません。必要に応じて使えばよろしいでしょう。ただ、箇条書きというのは、あくまで「本文の説明」に対する補助です。もともと詳しい人は箇条書きの列挙ですべてを把握するでしょうが、知識のない人にはトリビア集でしかありません。
もし、その箇条書きに対して本文が書けないのであれば、それはもとより百科事典には不要な項目であると認めたようなものではありませんか?--ikaxer 2008年5月4日 (日) 05:35 (UTC)[返信]
念のためikaxer氏のご意見に付け加えて申し上げたいのですが、単に箇条書きをつなげあわせて文章に変換したものでは「細かなデータのみを掲載したもの」という域は脱せず、百科辞典的な「体系的な文章」とは言えません。--Tokyodesert 2008年5月5日 (月) 15:11 (UTC)[返信]
ここの議論の結果ということで、一部の駅においてエレベータやエスカレータの有無の削除の編集が行われておりますが、エレベータやエスカレータの有無に関しては、削除するという結論には達していないと思います。まだこの節で議論すべきグレーゾーンの項目もありますが、概ね固まった項目については、#プロジェクト本文の記述についてで議論を行いたいと思いますが如何でしょうか。Sec. Semi Exp. 2008年5月14日 (水) 15:47 (UTC)[返信]
ここまで長く、丁寧に、ikaxer氏をはじめとした各氏にご説明いただいたにもかかわらず、未だSec. Semi Exp.氏にとって「グレーゾーン」の項目が残るというのはどういうことでしょうか。ただ、プロジェクト本文への記述に向けてそろそろ結論を導くというのは結構かと思います。--Tokyodesert 2008年5月15日 (木) 12:51 (UTC)[返信]
「グレーゾーン」の項目としては、前寄りなどの境界線とかの例えば以下の項目などが残っていると思います(基本的にしたほど詳細または些末、括弧内は上記意見などから推測する自分以外の意見の分布)。Sec. Semi Exp. 2008年5月17日 (土) 03:26 (UTC)[返信]
  • ホームの長さ
    • 記述しない
    • 日本一など、他の駅にない特徴のある場合のみに限定する(1)
    • 何両分など、おおよその長さを示す
    • NG:正式な長さを調べる
  • 階段などの記述をどう記述するのか
    (具体的な例)階段が1箇所(上りエスカレータが併設)の駅の橋上駅で、階段自体は8両編成の3号車の脇にあるが最寄りは2号車の1番ドア
    • 構造自体
      • 橋上駅という事柄と階段・エスカレータの存在自体の記述は行わない(1)
      • 橋上駅という事柄だけを記述し、階段・エスカレータの存在自体の記述は行わない
      • 橋上駅という事柄とエスカレータを記述し、階段の存在自体の記述は行わない
      • 橋上駅という事柄と階段・エスカレータを記述する
      • 橋上駅という事柄と階段・上りエスカレータを記述する
    • 場所
      • (端の場合であっても)場所の記述自体を行わない(1)
      • (端にはない駅なので)場所の記述自体を行わない(1)
      • 2号車のドアが最寄りから「前より」(1)
      • 3号車が階段から近いから「中程」(1)
      • 上2つの間を取って「やや前より」
      • 「●●寄りから2~3両程度離れた」
      • 上記案とほぼ同様に「2・3号車付近」
      • 3号車が階段から近いから「3号車付近」
      • NG:2号車の1番ドアが最寄り
ほとんど全てにおいて説明済みではありませんか?駅の特徴を記載するにしても箇条書きの列挙だけではなく体系的な文章で記載していただければよいのであって、ホームの長さや構造物に関して駅の特徴を語る上で有効であれば記載してよいというのは一致しています。ただそれをあまりに細かく、「○両編成の×号車付近…」とか「1両分ずれた…」とかあまりに細かく記載するのは些末な情報あるいは利用案内・利用ガイド的であり百科事典としてふさわしくないとほとんどの方が申し上げているわけです。--Tokyodesert 2008年5月17日 (土) 10:40 (UTC)[返信]


「利用可能な鉄道路線」について

現在プロジェクトで推奨する駅記事のフォーマットに「利用可能な鉄道路線」の節がありますが、この名称は旅客の利用案内のみを志向している印象を受けます。そこで、名称を「乗り入れ路線」あたりに変更してはいかがでしょうか。ご意見願います。--こまくさ 2008年1月1日 (火) 14:35 (UTC)[返信]

七尾駅で試験的に変更をかけてみました。変更前の版と比較してみてください。
「乗り入れ路線」としてはどうかとのことですが、記事の冒頭でもあることから、乗り入れ路線ととも、駅の立地や簡単な歴史簡単に記述してみました。乗り入れ路線というより、駅の概要説明に相当するため「駅概要」の見出しを割り当てています。
また、テンプレートも貼り付けが進んでいますので、文章主体でもいいかもしれません。--ikaxer 2008年1月9日 (水) 13:13 (UTC)[返信]
「乗り入れ路線」というのも語意として分かりづらいような感じがします。また、私は「利用可能な鉄道路線」という言葉が利用案内を志向しているようにも思えません。少し考えすぎなような気もしますけれど。--↑PON(ウエポン) 2008年1月9日 (水) 13:46 (UTC)[返信]
貨物や廃止された路線の扱いも考慮した場合、利用可能という表現は適切ではないように思います。ただし、よりよい表現があれば「乗り入れ路線」という名称にはこだわりません。--こまくさ 2008年1月9日 (水) 13:56 (UTC)[返信]
利用可能な鉄道路線という表現も決して、駅の特徴を語る上で決して問題ないかと思います。その駅でその路線が利用できるということはその駅を語る上では重要な要素になりますので決して百科辞典的ではないともいえないかとも思いますが。廃止された路線などは「かつての接続路線」という表現でほとんどの記事で用いられておりますし、特にこちらもまったくの廃駅でもない限り問題のある表現とも思えません。乗り入れ路線という表現がわかりにくいという意見がある以上、現状の記事の表現を特に変える必要性はないかと思います。--122.103.66.182 2008年1月22日 (火) 12:09 (UTC)[返信]
ご意見ありがとうございます。
利用可能な鉄道路線という表現も決して、駅の特徴を語る上で決して問題ないかと思います。
それはおっしゃるとおりです。重要な駅の特徴ですから、記述を削除する必要はもちろんありません。ただし、私なんかが思うのは、なぜこの節が一番最初なの?ということです。利用可能な鉄道路線は、駅の特徴の一つではありますが、駅の重要な特徴はそれだけではありません。
たとえば、ある読者が知らない駅のことをウィキペディアで調べたとします。
  • 導入部には、知らない地名にある知らない鉄道会社の駅と書かれている
  • 最初の見出しには、知らない路線名がいくつか並んでいる
  • そしていきなり駅の構造。ホームがずらっと並んでいて、知らない地方方面行きとか書いてある
  • その次はバス乗り場。知らない駅から出る知るよしもないバス路線がひたすら書いてある。
とまぁ、こんな具合で、位置づけだとか地理だとか歴史だとか、ほかの重要な特徴がまったくないまま、細かい説明に突入する記事構成が、果たして読者に有用なのか疑問です。
先に挙げた七尾駅は、そのあたりを踏まえて、構成を変えてみたものです。もちろん完璧なものとはほど遠いですが、読者に駅の概要を知ってもらうには、利用可能な鉄道路線のリストだけではなく、この程度の説明が必要ではないでしょうか。--ikaxer 2008年1月22日 (火) 13:53 (UTC)[返信]

名称を変更する案は評判があまりよくないようですね。名前より中身を重視すべきというのももっともですが。今回はひとまず記事冒頭部に関する説明を「3路線以上の駅は冒頭では事業者名や代表的な路線のみを挙げ、全ての列挙は概要の節などで行うのが望ましい。状況に応じて、路線を列挙するための節を独立させても構わない。」といった表現に改めるということでいかがでしょうか。記述の順序等に関してはWikipedia‐ノート:ウィキプロジェクト 鉄道/鉄道プロジェクトで話し合うべきかもしれません。--こまくさ 2008年1月26日 (土) 14:21 (UTC)[返信]

「利用案内的記述」という言葉の意味、記事の記述の「許容範囲」について

上記のように、一部記述を「利用案内的」としてWikipediaには適しないとする意見が見られますが、その線引きを具体的に示したものはどこにありますか。現在私が確認したものは、Wikipedia:ウィキペディアは何でないかで用いられている「観光案内ではない」の後部に記述されている例示から解釈したものと、ikaxer氏が定めた上記の定義によるものです。しかし、彼の定義は辞書の文言とは異なり、上記箇所で用いられている「観光案内ではない」の例示ともニュアンスがずれているように思います。もし現在、それ以外の物があれば参考にすることも考えますが、ないのであれば、上記でikaxer氏が持ち出された定義については、「地についているはずの足が私からは見えない」内容なので、その「足」を見えるようにしてもらえないでしょうか。藤井三方 2008年1月2日 (水) 02:42 (UTC) -修正--Ziman 2008年3月3日 (月) 03:09 (UTC)[返信]

同じことを何度も書く気はありません。以前の書き込みをお読みになってみてください。私は「観光案内ではない」だけではなく「単なる知識ベースではない」全般をよりどころにしています。WP:NOTはウィキペディアの方向性を示す事例集であって、すべての項目を網羅しているわけではありません。事例集に一字一句ピッタリのものがあるかどうかではなく、その事例からウィキペディアが示す方向性を読み取れませんか?長い経験をお持ちの藤井さんならおわかりいただけるはずですが。--ikaxer 2008年1月2日 (水) 08:44 (UTC)[返信]
上では議論がしにくかったのですが、「利用案内的である」もしくは「百科事典的でない」を理由に削除等をする編集が頻繁になっているそうですし、今後、Wikipediaの方針として許される/許されないの範囲が問題となった時に、よりどころとできるような方針を立てておく必要性があると感じたからです。また、「観光案内」「利用案内」という言葉を、百科事典的ということの対義語として用いるのは上記のように適切ではない(上記で議題に挙がったものの一部については、辞書の定義によると「案内する」概念から外れる内容も含まれる)ので、Ikaxerさんの仰るように、「Wikipedia的であるか、ないか」という表現の方が良いかと思います。藤井三方 2008年1月3日 (木) 14:57 (UTC)[返信]

プロジェクト本文の記述について

  • その駅の構造上の特徴は?
    • 写真とかがあると便利だなあ
    • 駅の構造について、高架駅か地上駅か、または地下駅か
    • 車線の数、ホームの配置
    • 駅舎は地上にあるか、橋上にあるか、または地下か
    • 駅員がいるかいないか
    • 出入り口または改札口は何か所あるのか
    • 自動改札か人の改札か、もしくは何もないのか
    • 売店や自動販売機やトイレなどあるかないか、
    • そのほかを、他のサイトを参考にしたり自分で実際に見て書いてみよう

現状のプロジェクト本文では、駅構造について上記のように記載されています。現状の議論とは、「自分で実際に見て書いてみよう」の反対意見と思われる意見があるなど、多少ズレが出てきていると思いますので、検討の必要があるのではないでしょうか。Sec. Semi Exp. 2008年5月14日 (水) 15:47 (UTC)[返信]

確かに「自分で実際に見て書いてみよう」というのは、人によっては検証可能性を満たさない『見たまま情報』の記載を許しているようにとらえてしまうかも知れません。現在は検証可能性を満たさない記述や独自研究の記述は許されていませんから、早急に改訂が必要でしょう。さらに「写真とかがあると便利だなあ」というのも、便利だからといって写真を撮ってきてなんでもかんでも載せるというのも現実的ではありません(そもそもPJ本文がなんでこんなくだけた表現なんだろう?)。これも改訂が必要と思います。
そこで、これまで議論してきた内容をふまえ、PJ本文改訂案を記します。
  • (現)「写真とかがあると便利だなあ」→(改定案)特徴的な構造がある場合は体系的な文章で説明し補助的に写真を用いても構わない。
  • (現)「そのほかを、他のサイトを参考にしたり自分で実際に見て書いてみよう」→(改定案)その駅の構造を説明するに不可欠な情報、歴史や背景を文章で記述する。このときあまりに細かな情報の記述は避ける。
  • (追加)最新への更新が必要とされる情報は利用ガイドに特化した情報として、記載を避ける。
これまでの議論をふまえてまとめたつもりです。いかがでしょうか?--Tokyodesert 2008年5月15日 (木) 14:37 (UTC)[返信]
提案より2週間経過しましたがいかがでしょうか?ご異論がなければWikipedia:合意形成に基づき合意いただいたものとして一週間後の1週間後の6月5日にプロジェクトの本文へ記載いたします。--Tokyodesert 2008年5月29日 (木) 11:25 (UTC)[返信]
異論がありませんでしたのでプロジェクト本文へ記載します。--Tokyodesert 2008年6月5日 (木) 13:50 (UTC)[返信]