ピーテル・サウトマン

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ピーテル・サウトマン
ピーテル・サウトマン画
『女性の肖像』(1625-30)
セントルイス美術館
生誕 1593年-1601年
ハールレム
死去 1657年8月16日
ハールレム
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ピーテル・サウトマン (Pieter Claesz Soutman, 1593年から1601年の間 - 1657年8月16日)[1]は、オランダ画家版画家

生涯[編集]

ピーテル・サウトマンはハールレムで生まれてハールレムで亡くなっている。同時代にはフランス・ハルスヘンドリック・ヘリッツ・ポットピーテル・クラース等がおり、サウトマンは彼らの影響を受けたものと思われる。6人兄弟の末っ子で、彼の実家はハールレムのビール醸造所De Wereltを所有しており、裕福であったようである。[1]アルノルト・ホウブラーケンによると、サウトマンはアントワープピーテル・パウル・ルーベンスと共に修業した。[2]

『ハールレムの市警団』(1642)フランス・ハルス美術館

1624年にヴワディスワフ4世がアントワープを訪問した際、ルーベンスはサウトマンを優れた画家として紹介したようである。[3]同年、サウトマンはポーランドに赴き、宮廷画家となった。[3]彼は1628年までジグムント3世に仕えた後にハールレムに戻る。サウトマンは成功した肖像画家となり、多くの集団肖像画の依頼を受けた。

参照[編集]

  1. ^ a b Pieter Claesz. Soutman in the w:RKD
  2. ^ Pieter Soutman biography in De groote schouburgh der Nederlantsche konstschilders en schilderessen (1718) by Arnold Houbraken, courtesy of the w:Digital library for Dutch literature
  3. ^ a b (英語) Jerzy Malinowski (1993). Where East meets West: portrait of personages of the Polish-Lithuanian Commonwealth, 1576-1763 : exhibition catalogue. National Museum in Warsaw. p. 20. ISBN 83-71000-88-X.