ドミトリー・ヤロシ

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ドミトロー・ヤロシ

ドミトロー・ヤロシウクライナ語:Дмитро Ярош1971年9月30日 -)は、ウクライナの政治家・活動家。右派セクターのリーダー。2014年ウクライナ騒乱の中心人物[1] [2][3]

来歴[編集]

ウクライナのドニプロゼルジーンシクで生まれる[4] 。青年時代にはピオネール、後にはソビエト連邦共産党の青年組織であるコムソモールに所属していた。2001年にウクライナ西部リヴィウ州にあるドロホブィチの教育大学を卒業。

ソ連の崩壊によるウクライナ独立を受けて、ウクライナ民族主義に傾倒し始め、1994年にステパーン・バンデーラの系譜を組む民族主義組織のトライデントに参加し、2005年以来リーダーを務める[5]。2014年のユーロマイダン時に、そのトライデントを中核とした極右組織連合である右派セクターを結成しリーダーとなる。

2014年に発足したヤツェニュク暫定政権の発足にあたり、ウクライナの安全保障のナンバー2となる、ウクライナ国家安全保障・国防会議の副議長の就任を打診されたが、本人の固辞、閣内の反対もあり、実現しなかった。なお、イギリスのガーディアンの誤報もあり[6]、日本では、いまだヤロシュが政権参加していると大手メディアでも報じられることもあるが事実ではなく、2014年ウクライナ大統領選挙における支持率は5月上旬で1%を超えた程度にすぎない。

脚注[編集]

外部リンク[編集]