ダリア・ドミトリエワ

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ダリア・ドミトリエワ
Daria Dmitrieva
Gymnastics (artistic) pictogram.svg
Daria Dmitrieva Grand Prix Austria 2012.JPG
国籍 ロシアの旗 ロシア
生年月日 1993年6月22日(20歳)
生誕地 ロシアイルクーツク
身長 174cm
体重 51kg
種目 新体操
所属 ガスプロム
引退 2013年
 
獲得メダル
新体操
オリンピック
2012 ロンドン 個人総合
世界選手権
2009 三重 団体総合
2010 モスクワ リボン
2010 モスクワ 団体総合
2010 モスクワ ボール
2011 モンペリエ 団体総合
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ダリア・ドミトリエワ(Daria Dmitrieva、1993年6月22日 - )はロシア新体操選手。身長174cm。

経歴[編集]

イルクーツク出身。ガスプロム所属。2008年のヨーロッパ選手権にてジュニア部門に出場し、団体総合とリボンで金メダルを獲得した。2009年にはロシアのナショナルチームに選抜され、2009年の世界新体操選手権より団体総合のメンバーとして出場し、同種目3連覇に貢献した。2010年モスクワの世界新体操選手権では個人種目にも出場し、リボンで金メダル、ボールで銀メダルを獲得した。

2012年のロンドンオリンピックには個人総合の補欠としてチームに参加していたが、大会初日の3日前に第2エントリーのアレクサンドラ・メルクロバが公式練習中に負傷したため[1]、急きょ代替出場となった。大会本番ではエフゲニア・カナエワに次ぐ2位、銀メダルを獲得した。また、2大会ぶり2度目のロシア勢金銀独占となった。

2012年9月の世界新体操クラブ選手権において個人総合初優勝を果たした。

2013年9月、足の怪我により引退。

逸話[編集]

1992年に世界チャンピオンになった直後の1993年2月に交通事故で亡くなったオクサナ・コスティナ選手。奇しくも、ドミトリエワ選手はその年に生まれた。しかもコスティナ選手の実家が目の前という環境で彼女は誕生し、コスティナ選手のコーチのブイヤノワさんに長らく師事を受けた。不思議な縁というか因縁がある関係。

脚注[編集]

  1. ^ ロンドンオリンピックのロシアの個人総合の出場枠は2枠、第一候補がカナエワ、第二候補がダリア・コンダコワであった。だが、コンダコワは2012年ヨーロッパ選手権の前に膝の怪我で棄権、代わりに出場したのが、アレクサンドラ・メルクロバであった。その後、コンダコワはドイツで手術を行い、手術後の記者会見では奇跡が起きない限りは出場は不可能でメルクロバとドミトリエワが出場権を競うであろうと答えていた。結果、メルクロバが出場権を得てロンドンに現地入りし、ドミトリエワは補欠としてロンドンで一緒にトレーニングをしていた。

外部リンク[編集]