スタニスワフ・バデーニ

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スタニスワフ・バデーニ、カジミェシュ・ポフヴァルスキ画、1903年

スタニスワフ・マルチン・バデーニStanisław Marcin hrabia(Graf) Badeni, 1850年9月7日 - 1912年10月12日)は、オーストリア=ハンガリー(二重帝国)ポーランド人貴族、政治家。伯爵。ガリツィア(領邦)議会議長(在任1895年 - 1901年、1903年 - 1912年)を務めた。ツィスライタニエン首相を務めたカジミェシュ・フェリクス・バデーニの弟。

政治家であったヴワディスワフ・バデーニ伯爵(Władysław Badeni)の次男として生まれ、1883年にオーストリア領ガリツィア・ロドメリア王国の国会議員に当選した。1895年に王国議会議長(事実上の首相)に選ばれるが、1901年にはアンジェイ・カジミェシュ・ポトツキ伯爵に交替する。ポトツキが1903年にガリツィア総督となるのに伴い、再び議長に就任して死ぬまで務めた。1891年よりオーストリア貴族院の議員も務めた。

議長在任中、オーストリア軍の兵舎に使われていたクラクフヴァヴェル城をポーランド人側に取り戻し、大規模な復元作業を行った。

参考文献[編集]

  • Stanisław Starzyński, w: Polski Słownik Biograficzny. T. 1. Kraków: Polska Akademia Umiejętności – Skład Główny w Księgarniach Gebethnera i Wolffa, 1935, s. 209-211.