スタシース・ロゾライティス (1898)

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スタシース・ロゾライティスStasys Lozoraitis1898年 - 1983年)は、リトアニア外交官外務大臣(在任:1934年 - 1938年)。ちなみに彼の息子も同じ名前であるため同姓同名。

来歴[編集]

1898年カウナスに生まれる。その後外交官として活躍し、1934年から1938年までは外務大臣も務めた。1940年、リトアニア共和国がソビエト連邦に占領(バルト諸国占領)されると、ロゾライティスは亡命政府を組織、この亡命政府はリトアニアが独立を回復する1991年まで存続した。本拠地はローマで、ロゾライティスは1940年6月15日から1983年12月24日までこの亡命政府の首班を務めた。

1983年ローマで死す。彼の死後、亡命政府首班はスタシース・バチキスに引き継がれた。バチキスは1987年11月15日まで首班を務めたが、その後スタシース・ロゾライティス(息子)に引き継がれ、亡命政府の本拠地もワシントンD.C.に移されている。