コノン (アテナイ)

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コ丿ン(希:Κόνων、ラテン語表記:Conon、前444年頃-前392年)は、アテナイ提督

生涯[編集]

富裕な名門の出身。前414年からコリントス湾口の要地ナウパクトスに駐在する戦隊を指揮して以来、各地を転戦。前406年に監視所を置いていたメテュムナの救援に向かったがスパルタのカリクラティダスの艦隊に追われミュテイレネで包囲網を突破し、アルギヌサイの海戦に参加。前405年にアイゴス・ポタモイでスパルタのリュサンドロスに敗れ、キュプロス王エウアゴラスのもとに逃れた。前400年にスパルタとペルシアとが戦争状態に入ると彼はペルシアを助け、前394年にスパルタ海軍をクニドスに破った。その後、島嶼と沿岸の諸ポリスを回航しスパルタの統監たちを追放した。ペルシア人で小アジア総督のパルナバゾスとともにスパルタに遠征し、翌年にアテナイに帰国してパルナバゾスに出させた資金でリュサンドロスに破壊された城壁を再建。前392年にスパルタがペルシアに接近するのに対抗し、ペルシアの将軍ティリバゾスのもとに使節として派遣された。ところがペルシア王に無断でスパルタ側に寝返ったティリバゾスによって、逗留していたサルディスで捕えられ、逃れたが間もなく死んだ(コルネリウス・ネポスによる)。

参考文献[編集]

  • クセノポン『ギリシア史 Historia Graeca』
  • ディオドロス『歴史叢書 Bibliotheke Historike』
  • コルネリウス・ネポス『英雄伝 De excellentibus ducibus exterarum gentium』