クリスティアン・アウグスト (プファルツ=ズルツバッハ公)
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クリスティアン・アウグスト(Christian August, 1622年7月26日 - 1708年4月23日)は、プファルツ=ズルツバッハ公。アウグストとシュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゴットルプ公ヨハン・アドルフの娘ヘドウィグの子。
寛容な政策を執り、個々の宗教の信仰を認めたり、シムルタネウムを導入したり、1666年にユダヤ人が定住するのを認め、印刷業を設立した。1644年に叔父のプファルツ=ズルツバッハ=ヒルポルトシュタイン公ヨハン・フリードリヒが子の無いまま亡くなるとその領土を併合した。
1708年死去。遺体はズルツバッハの聖マリア教会に埋葬された。
子女 [編集]
1649年にナッサウ=ジーゲン伯ヨハン7世の娘アマーリエと結婚。
- マリア・ヘドウィグ(1650年 - 1683年) - 前方オーストリア大公ジギスムント・フランツと結婚、ザクセン=ラウエンブルク公ユリウス・フランツと再婚。
- アマーリエ(1651年 - 1721年)
- ヨハン・アウグスト・ヒール(1654年 - 1658年)
- クリスティアン・アレクサンダー(1656年 - 1657年)
- テオドール・オイスタッハ(1659年 - 1732年)
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